皆さんこんにちは、Partner of Medical Translatorsの津村です。

今日はちょっと変わったテーマでお話ししたいと思います。

最近、仕事で翻訳した英語論文で面白い内容に遭遇しました。その内容は、人々は言語(日本語)が成立する以前の生後間もない乳幼児の時点から「青」と「緑」は別の色であることを認識している・・・にも係わらず、言語が成立すると「青」と「緑」をひっくるめてと表現するようになると言うことでした。

そう言われてみると、なのに・・・青信号、青汁、青リンゴ、青のり、青虫、青大根、青菜・・・と「○○」表現するものが多いことに気付きます。

今回は、この話題を中心に認識が必ずしも言語として表現されていない!と言うことを考えてみたいと思います。

「青○○」の表現の由来

信号は緑色なのに、どうして『青信号』って呼ぶのでしょうか?

調べてみますと、信号機が設置されるようになった1930年代の最初の交通に関する法規則では「緑信号」と記載されていたそうです。しかし、新聞などのマスメディアがこぞって『青信号』と表現したことから、その後の法改正では「青信号」と記載される様になった・・・と言うことの様です。

どう見ても緑なのにそれを『青○○』と表現するのは、日本独特の文化だそうです。

古来の日本語では色を「赤、青、黒、白」の4種類に分別していたのです。当時は知ってか知らずか、有彩色(赤・黄・緑・青・紫などいわゆる色のこと)を総称的に赤と青で区別し、無彩色(白・灰色・黒などの色のない明度だけのもの)を白と黒で区別した様です。

言語的には『~い』と表現され、「赤い、青い、白い、黒い」で区別されていました。さらに、この4種類では区分が難しい黄と茶に関しては、下位区分として『~色い』として「茶色い、黄色い」と表現されました。

その点からは大きく「」に分類され、確かに現代でも「緑い」や「緑色い」とは表現していませんね。

この様に、日本文化として、視覚(感覚)とは別に言語として緑のものを『青○○』と表現するのだそうです。

感覚(視覚)としての色区分

東北大学電気通信研究所の栗木一郎准教授らの研究グループは、2017年に次の様な疑問にひとつの答えを出しました。(原著はこちら

Despite numerous prior studies, important questions about the Japanese color lexicon persist, particularly about the number of Japanese basic color terms and their deployment across color space.

和訳:これまでの数多の研究にもかかわらず、日本人の色彩表現に関する重要な疑問、具体的には、日本人での基本的な色に関する語彙の数と色空間でのその語彙のポジションについては依然として解明されていない。

として、日本語がNativeの被験者57名(男:30名、女:27名)に図1の色サンプル(color space)を見せて、各色を日本語で表現してもらいました。

図1 研究で使用した色サンプル(color space)

(https://www.pnas.org/content/103/44/16608/tab-figures-data)

その結果を解析したところ、以下の様な結論に至りました。

Japanese subjects used a total of 93 terms to name the color samples.
Thirty-two of these terms were used by four or more subjects. Our k-means/gap-statistic analyses suggest that there are no more than about 19 distinct lexical color categories in the Japanese language.

和訳:日本人被験者は、色サンプルを合計93の用語で呼んだ。それらの用語の内の32語が4名以上の被験者で使用された。実施したk平均法ギャップ解析によって、日本語においては最大で19語の異なる色分類の語彙があることが示唆された。

その19色というのが図2で、各色の領域は図1の色サンプルに対応しています。

図2 日本人が語彙として認識ている19色

(右上の赤矢印は、緑でもなく青でもない「水色」が今回認識された領域です。)

この解析の結果から、日本語に共通する19の色カテゴリーの語彙が確認出来ました。内訳として、多くの先進国で共通して用いられる11の基本色カテゴリー(赤、緑、青、黄、紫、ピンク、茶、オレンジ、白、灰、黒)に加えて、日本語特有の8つの色カテゴリー(水色、肌色、抹茶、黄土、えんじ、山吹、クリーム)が語彙として認識されていると言うことです。

中でも、30年前に行った同様の研究と比較して、「水色」を使用した被験者さんが急激に増えた・・・と言う点が強調されていました。

いずれにせよ、図1にある100色以上のカラーは、視覚として区別できますが、それを表現する語彙(日本語)はせいぜい19種類しかないことが解りますね。

国際関係の影響

話しは変わりますが、色の表現(語彙)は国際関係の影響を強く受けるのだそうです。

欧州などに比べますと国境を接している他国が極めて少なく、人種もほぼ均一の日本では、「肌色」というイメージは誰でもだいたい同じになります。

ところが、国際交流が盛んになり、全世界の様々な人種が日本でも見られる様になってくると、様々な肌の色が目に入る様になりました。それにつれて「肌色」という言葉にも変化が現れ、2000年の初頭頃から色鉛筆やクレヨン、色紙などで「肌色」という語彙の使用が自粛される様になりました。

英語でも13世紀頃までの古語には” hœwen”という単語があり、日本と同様に「青と緑」の両方を意味していたのですが、言語の異なる他国との交流が増すにつれて、”green”と”blue”に分かれていったそうです。

言語というのは文化、即ち、同じコンセンサスを持つコホートに依存していますから、国際交流が盛んになって様々なコンセンサスが許容される様になると、それにつれて言語(語彙)も変化していきます。

将来的には英語が国際標準語となるでしょうが、そうなると 青リンゴ=green apple ⇒ 緑リンゴ、とか、青信号=green signal ⇒ 緑信号、などと日本語も変化し、視覚どおりに緑のものを『○○』と表現する様になるかもしれません。

注意したい色の表現

感覚(視覚)としての色の認識が必ずしも語彙(日本語)として表現されていないことを見て来ましたが、逆に、色のイメージが語彙として別の意味を持つ場合もありますので、今度はそのことについて考えてみましょう。

「みどりの黒髪」は何色?

「みどりの黒髪」とは、何色の髪でしょうか? 大辞林の解説によりますと、「女性の髪をほめていう語。つやつやとした美しい黒髪。」ことで、・・・そうです。髪の色は「黒」ですね。

では、その黒い髪を何故「緑(みどり)」と呼ぶのでしょうか?

実はこの場合、「の黒髪」とミドリを漢字で書くのは間違です。「みどり」とひらがなで書かなければいけません。この「みどり」は日本語の原点である大和言葉(やまとことば)で、「活き活きとした」とか「瑞々しい(みずみずしい)」を表現する際に使う言葉です。

この様に、「みどりの黒髪」とは「若々しい女性の瑞々しい黒い髪」を表現しているのであって、黒を「」に分類している訳ではありません。

ですので、駅の「みどりの窓口」は、「活き活きとした、瑞々しい若い女性の窓口」という意味になり、我々シルバー族、特にオジサン達には近寄りがたい窓口・・・という意味になります。

さらに、5月4日の「みどりの日」は元来、「自然にしたしむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむ」ことを趣旨とする祝日ですが、ひらがなで みどり とすると「活き活きとした、瑞々しい若い女性の日」という意味になってしまいますので、本来の趣旨であれば「緑の日」と漢字で書くべきでしょう。

赤ちゃんなのに「緑(みどり)児」?

生まれたての乳幼児を「赤ちゃん」と呼びますが、別名を「嬰児」「緑児」(どちらも読みは「みどりご」)とも言います。 赤いのに緑? とこの関係も不思議ですね。

生まれたての乳幼児を「赤ちゃん」と呼ぶのは、その見た目によるもので、赤く見える原因は以下の様に幾つか考えられています。

  • 乳幼児は皮膚がまだ透けていて、血管やその中を流れる血液が見えるため
  • 分娩時の強い圧力に晒されたため
  • 胎児は母親から酸素をもらっているが、その酸素量は自力呼吸時よりも少ないため、それを補うために赤血球が増えているため

赤っぽい皮膚になっているので「」が付いたと考えられています。さらに、赤には明るいイメージがあるので、新しい生命の誕生という意味も込められています。

その一方で、赤ちゃんを慣例的に「緑児(みどりご)」と呼ぶこともありますが、この呼び名の起源は古く、701年に制定された大宝律令(たいほうりつりょう)に3歳以下の子供を「緑児」と記載したことに由来すると考えられています。

又はみどりには、新緑、若葉、新芽といった「新しい生命の誕生」を意味するイメージがあったので、 新しく生まれた児=緑(みどり)児 とされた様です。

現代では「嬰児(えいじ)」と書いて「みどりご」と呼ばせる場合がありますが、「嬰」とは まとわりつく、弱々しい、加える という意味があり、それから発展して、赤ちゃん=緑児(みどりご) の意味に使われる様になった様です。

ちなみに、「嬰児」「緑児」は「赤ちゃん」「赤ん坊」と同じく俗称ですので、科学的・医学的な呼び名ではありません。

科学的・医学的あいるいは法的な呼び名は以下の様になっています。

  • 胎児:妊娠8週目(妊娠56日目)から娩出まで。その前は「胎芽(たいが)」「胚」などと呼ばれます。
  • 新生児:生後28日未満の赤ちゃん
  • 乳児:生後1歳未満の赤ちゃん
  • 幼児:満1歳から小学校入学まで

いかがでしたか、今回は色の識別を題材に感覚(視覚)と言語(語彙)のズレについてお話ししました。また、色には特有のイメージがあることから、色そのものではなくイメージに基づいた色の語彙の使い方があることにも触れてみました。

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