皆さんこんにちは、Partner of Medical Translatorsの津村です。
さて、新型コロナウイルス(Covid-19)ワクチンについて、いよいよ最終回のお話しとなります。
前回は、ウイルスの構造と初期のDNA/mRNAワクチンについてご紹介しました(詳しくはこちら)。
しかし、ウイルスの本体とも言える、エンベロープの中にしまっているDNAやmRNAを直接接種するワクチンでは新型コロナに対するワクチンとしてはあまり適切ではないと考えられます。やはり、ウイルス自体やウイルスの部品のタンパク質を接種する方が予防効果のあるワクチンとしては適切なのですが、特に新型コロナウイルスの様に感染力の非常に強い病原体を接種するのはかなりの危険が伴います。
そこで、ウイルスのタンパク質の設計図である(感染力のない)DNAあるいはmRNAを遺伝子組み換え技術を使って、宿主細胞に挿入するという、新たなDNA/mRNAワクチンが新型コロナウイルス用に開発されました。
今回は、この新しいDNA/mRNAワクチンについてお話しします。
もくじ
AZD1222:DNAワクチン
オックスフォード大学とアストラゼネカが開発している新型コロナウイルスのワクチンAZD1222はDNAワクチンですが、新型コロナウイルスはmRNAウイルスですので、DNAは持っていません。
それにも係わらず、DNAワクチンとしているのは何故でしょうか?
AZD1222のPhase 1/2に関する論文には次の様に説明されています。
The ChAdOx1 nCoV-19 vaccine (AZD1222) consists of the replication-deficient simian adenovirus vector ChAdOx1, containing the full-length structural surface glycoprotein (spike protein) of SARS-CoV-2, with a tissue plasminogen activator leader sequence. ChAdOx1 nCoV-19 expresses a codon-optimised coding sequence for the spike protein (GenBank accession number MN908947).
和訳: このChAdOx1 nCoV-19ワクチン(AZD1222)には、複製能をなくしたサルのアデノウイルスにSARS-CoV-2[新型コロナウイルスの正式名称]のウイルス表面にある糖タンパク[スパイクのタンパク質]の完全型を組み込んでベクターとしたChAdOx1と、組織プラスミノーゲン活性化因子*のリーダー配列(塩基から成るコドンの並び)が入っている。ChAdOx1 nCoV-19は(新型コロナウイルス)スパイクのタンパク質(GenBankのアクセス番号MN908947)のコドン配列を発現している。
*:組織や血液中のプラスミノーゲンを活性させて、プラスミンにする物質。プラスミンは血栓(血の塊)を溶かす成分で、AZD1222を接種した部位で血液が固まらないようにするために配合してあります。
と記載されていて、ウイルスがエンベロープの中にしまっているDNAやmRNAではなく、新型コロナウイルスの表面にあるスパイク(宿主細胞にくっつくための吸盤の役目をする。図1参照)タンパク質を合成する設計図であるDNAをベクターであるサルのアデノウイルスに組み込んだワクチンと言うことになります。
ベクター? アデノウイルスに組み込む? を理解するためには、遺伝子組換え(リコンビナント)について知っておく必要があります。
遺伝子組換え(リコンビナント)とは
「遺伝子組換え」とは、ある生物のタンパク質を作るDNAの断片(これを遺伝子と言います)を、他の生物のゲノム#に挿入することです。
AZD1222の例では、新型コロナウイルスの表面にあるスパイクタンパク(図1)を作る遺伝子を、アデノウイルスのゲノム#に挿入することを意味します。
#:ゲノム(Genome)とは、ある生物を形作るためのDNA(遺伝子)の総称で、人間では24種類の染色体のDNAがヒト・ゲノムになります。
図1 新型コロナウイルスの構造
(出典:https://threadreaderapp.com/thread/1252528571857305601.html)
遺伝子組換えには大きく2通りの方法があり、ひとつはiPS細胞に見られるように、ヒトから取り出した細胞のDNAに目的の遺伝子を組み込んで、その組み込んだ細胞を元のヒトに戻す方法。もうひとつは、ウイルスがヒトの細胞に感染する能力を使って、感染能力のあるウイルスに目的の遺伝子を組み込んで、増殖させ、そのウイルス(これをベクターと言います)をヒトに注射する事でヒトの細胞に目的の遺伝子を挿入する方法です。
DNAワクチンであるAZD1222は後者の方法を使って、サルのアデノウイルスのゲノムにヒトの細胞にコロナウイルスのスパイクタンパクの遺伝子(DNA)を組み込み、そのアデノウイルスが増殖する能力に関連する遺伝子を働かなくして、弱毒化したウイルス(ベクター)を作ります。(図2)
図2 目的の遺伝子を組み込み、増殖する能力に関連する遺伝子を働かなくしたサルのアデノウイルス(ベクター)
この様に目的の遺伝子を組み込んだウイルスをベクター(Vector)と呼び、目的の遺伝子を宿主細胞の核に届ける運搬車の役目をさせます。
このベクター(弱毒化したサルのアデノウイルス)を人間に注入(筋肉内投与)すると、いわゆるウイルス感染を起こして、ヒト細胞の核の中に目的の遺伝子が搬入されます(図3)。
図3 目的の遺伝子(図中の赤いNew DNA)が組み込まれたアデノウイルス(ベクター)が感染を起こして、ヒトの細胞に侵入し、核の中に目的の遺伝子を搬入するプロセス。
核内に目的の遺伝子(DNA)が搬入されるとそれが活性化し、いわゆるタンパク質の合成プロセスが始まります(図4)。具体的には、搬入されたDNAが核内にあるRNA転写酵素によってmRNAとなり、リボゾームでタンパク質、即ち、新型コロナウイルスのスパイクタンパクに翻訳され、ゴルジ体でスパイクとしての3次元構造が完成されて、細胞外へ放出されます。
図4 アデノウイルスが運んだ目的の遺伝子がタンパク質に翻訳されるプロセス
と言う具合に、アデノウイルスというベクターによってヒトにはない遺伝子を、ヒトのDNAに組み込んで、新しいタンパク質を作らせる・・・という技術を「遺伝子組換え」と言います。
AZD1222:DNAワクチンの利点と欠点
遺伝子組換えによって作成したベクター(アデノウイルス)を含むAZD1222を接種すると、上述のプロセスで、ヒトの細胞が新型コロナウイルスのスパイクタンパクを作成するようになり、そのタンパク質を細胞外に放出します。
この放出された新型コロナウイルスのスパイクタンパクは人間にとって異物ですので、免疫反応が起こり、ワクチンに必要なメモリーB細胞とメモリーT細胞が構築されます。つまり、免疫が付いたことになります。
その後に、新型コロナウイルスが侵入してくると、ウイルスの表面にはスパイクタンパクがありますので、ワクチンによって構築されたメモリーB細胞とメモリーT細胞が即座に反応して、新型コロナウイルスに攻撃を仕掛ける・・・ということになります。
この様なDNAワクチンには次の様なメリットとデメリットがあります。
- メリット1
旧来のワクチンの様に病原体そのもの接種するわけではないので、副反応(ワクチン株による感染)が発現しません。特に、感染力の強い新型コロナウイルスの場合は、病原体そのものを使わないことは大きなメリットになります。
- メリット2
実際の新型コロナウイルス感染で行われるスパイクタンパクの複製が再現されるので、そのタンパクに確実に反応する抗体(メモリーB細胞)が産生されるだけでなく、T細胞(細胞性免疫)も構築されるので、1回の接種で免疫が成立し、長期間持続すると考えられます。
- メリット3
旧来のワクチン製造方法のように、鶏卵などを使って新型コロナウイルスを収集・増殖させる(通常は6ヶ月程度の時間が掛かる)必要がなく、スパイクタンパクのDNAさえ増やせばよい(通常は3週間程度)ので、ワクチンの製造時間とコスト、さらには感染リスクが大幅に縮小できる。
- メリット4
新型コロナウイルスやそのスパイクタンパクに変異が起こっても、対応するDNAさえ特定出来れば、速やかに対応可能な新しいワクチンが作れます。
と言うように、良いことづくしの様ですが、一方でいわゆる、遺伝子組換えのデメリットが新たに発生してきます。
- デメリット1
ヒト細胞内のDNAに人工的な組換えを行いますので、目的としないDNAの変異やキズが生じ、がん化してしまうなどのリスクがあります。
- デメリット2
弱毒化しているとは言え、サルのアデノウイルスが短期的、長期的にヒト細胞内のDNAに影響を与える危険性があります。
今のところのAZD1222の臨床試験では、上記のデメリットは報告されていない様ですが、さらに長期間の観察(フォローアップ)が必要と考えられます。
Ad5-nCoV:mRNAワクチン
中国・武漢のカンシノ・バイオロジクス(CanSino Biologics)が開発中のワクチンはアストラゼネカのAZD1222(DNAワクチン)とは違って、mRNAを使ったワクチンです。
こちらもベクターとしてアデノウイルスを使用していますが、5型と言って、ヒトに感染する一般的な風邪ウイルスです。もちろん、ベクターにするために弱毒化したり、増殖遺伝子を働かない様にしています。
また、AZD1222と同じく新型コロナウイルスのスパイクタンパクの遺伝子を組み込むのですが、AZD1222がタンパク質のDNAを使っているのに対して、Ad5-nCoVワクチンではmRNAを使用しています。
mRNAワクチンは、DNAワクチンとは違った特徴を持っています。
図5 Ad5-nCoVワクチン
(出典:https://tintuc.vn/trung-quoc-trien-khai-giai-doan-ii-vaccine-ngua-ncov-post1506733)
上述の様に、AZD1222などのDNAワクチンは目的の遺伝子(DNA)をヒト細胞のDNAに組み込みますが、目的の遺伝子をmRNAに替えると、このmRNAはヒト細胞のDNAに組み込まれなくなります。つまり、DNAからRNA転写酵素によってmRNAが作られるステップが省略されますので、ヒト細胞のDNAにキズなどが付くリスクがなくなります(図6)。
図6 mRNAワクチンのタンパク合成プロセス
従いまして、遺伝子組換えによるデメリットがひとつ減ります。
デメリット1
ヒト細胞内のDNAに人工的な組換えを行いますので、目的としないDNAの変異やキズが生じ、がん化してしまうなどのリスクがあります。
- デメリット2
弱毒化しているとは言え、風邪のアデノウイルスがヒト細胞内のDNAに影響を与える危険性があります。
しかし、DNAに比べるとmRNAは不安定ですので、組み込んだmRNAに予期せぬ変異が起こるリスクが新たに生じてきます。
その一方で、上述のDNAワクチンでのメリットはいずれも引き継いでいますので、期待されるワクチン効果はDNAワクチンと同様であると考えられます。
以上の様に、新しいDNAワクチンとmRNAワクチンは、ほぼ同様のメリットとデメリットを持っていますので、どちらも大きな期待が寄せられています。
今後の臨床試験の結果を注視しながら、一日でも早い実用化を願っています。
デハデハ