皆さんこんにちは、Partner of Medical Translatorsの津村です。

新型コロナの一日の感染者数は、東京で300人前後、全国で900人台に達していて、毎日「新規最高」の人数と報道されています。国や行政が何と言おうと、いまや第2派に突入していると言えるでしょう。新型コロナに対する防御策は世界的にも「3密を避ける」ということしかなく、極めて心許ない状況です。

この状況を打開する切り札はやはり、新型コロナウイルスに対するワクチンの実用化です。

最近の報告ではオックスフォード大学とアストラゼネカが開発しているワクチン(DNAワクチン)と中国・武漢のカンシノ・バイオロジクスのワクチン(mRNAワクチン)という、二つの最新型のワクチンが臨床試験の段階に入っていて、かなりの成績を示しているとのことです。

今日はこの、新型コロナウイルス用ワクチンについて少し考えてみたいと思います。まずは、ワクチンに関する基礎をおさらいしましょう。

ワクチンとは(基礎編)

人間の歴史は感染症との戦いの歴史でもありますが、18世紀末にエドワード・ジェンナーが牛痘の膿を使って天然痘(smallpox)のワクチン(vaccine)を作り出したことで、感染症を「予防する(prevention)」という思想が出てきました。

しかし、かなり古い時代から一度天然痘に罹った人間は二度と感染しないことが知られていて、中世のアジアでは乾燥させた天然痘のかさぶたを使って、わざと人に感染を起こさせていたという記録があります。

米国のトランプ大統領が言ったとか言わないとか報道されていますが「多くの国民が新型コロナに感染すれば、パンデミックは自然と治まる・・・」というのはあながちウソではありません。それを実現させるのがワクチンなのです。

ワクチンの原理は、弱毒化させたり、殺した病原体(pathogen)を事前に人に接種*することで、感染症が流行る前に人々に免疫(immunity)を惹起させることです。

* inoculation:ワクチンの場合は投与ではなく「接種(せっしゅ)」と言います。

つまり、ワクチンは病気を治療する薬(化合物)ではなく、病気を引きおこす源(みなもと)なのです。このワクチンを理解するためにはまず「免疫」を理解しておく必要があります。

ちなみに、ワクチンは治療薬(therapeutic agent)ではないので、日本の国民保険の対象とはなっていません(つまり、全額自費負担)。

免疫(immunity)とは

免疫の詳細についてはこちらをご覧ください。

免疫とは身体に自然に備わっている防御機能のことで、自分の身体に入ってきた病原体などの異物を認識し、その異物(及びその異物に犯された自己細胞)を排除(破壊又は無毒化)するシステムです。

免疫には、両親から遺伝してきた先天性のもの(先天性免疫又は自然免疫:innate immunity と言います)と、生まれた後に発生してくる遺伝しない一代限りのもの(後天性免疫又は獲得免疫:acquired immunity と言います)があります。ワクチンが誘導する免疫は後者の 獲得免疫 になります。

免疫はさらに、マクロファージ(macrophage)やT細胞(T-cell)などから成る 細胞性免疫 (cell-mediated immunity)と、抗体(antibody)や補体(complement)などのタンパク質から成る 液性免疫 (humoral immunity)に分類されます。ワクチンによって刺激されるのは T細胞 (細胞性免疫)と 抗体 (液性免疫)がメインとなります。

抗体とは

抗体(antibody)の基本はアルファベットの「Y」の形をしたタンパク質で、免疫細胞であるB細胞(B-cell)によって作られ、分泌されます(下図)。

図:抗体の種類と構造(ヒト)

ヒトの抗体には5種類(IgG、IgA、IgM、IgE、IgD)ありますが、病原体を主に攻撃するのはこの内のIgGとIgMです。

各抗体は決まったひとつの抗原(antigen:外来異物)にしか結合できません。そして抗体を作っているB細胞はある決まった抗体しか作りません。従って、新型コロナウイルス(Covid-19)に結合できる抗体は1種類しかなく、その1種類の抗体を作るB細胞もまた1種類しかありません。

それまでに感染したことがない人にとってCovid-19、つまり、新しい病原体(抗原)に対する抗体はまだありません。Covid-19の様な初めて遭遇した抗原が身体に侵入してくると、まず、マクロファージなどの先天性の免疫細胞がそのことを身体中に知らせます。すると、B細胞はとりあえず結合出来そうなIgMを発現させ、それが新抗原に結合することでさらに詳細な情報を収集し、最も結合力と攻撃力の強いIgGを産生するB細胞へと分化(differentiation)していき、分裂して細胞数増やして、大量のIgGを産生・放出します。このとき、新抗原に対して大量のIgGを産生・放出できる様になるまで、3日~7日程度の時間が必要となります。

このIgGがCovid-19の様な抗原に結合すると、IgGが活性化して様々な免疫細胞を呼び寄せ、抗原に対して攻撃を開始します。IgGなどの抗体が病原体(抗原)に結合すると、その病原体は動けなくなり、新たに感染することが出来なくなります。一方で、抗体は巨大なタンパク質なので、細胞膜を通過して細胞内に入ることは出来ません。そのため、HIVウイルスや帯状疱疹ウイルスなどの様に細胞内に潜伏しているウイルスを根絶することは出来ないのです。

ちなみに、Covid-19などに感染された体細胞は細胞表面に「感染されたゾ~」という旗を立てます。すると、その旗を認識する別のIgGが結合することで、様々な免疫細胞を呼び寄せ、感染した細胞に対して攻撃を開始して破壊します。

一連の攻撃によって感染が収まると、IgGを産生していたB細胞は消滅していきますが、一部がメモリーB細胞に変化して、攻撃した抗原の情報を記憶して体内に残ります。次に同じ抗原が侵入してきた時にはこのメモリーB細胞が瞬時に活性化して、間髪を入れずにIgGを放出しますので、大事に至る前に免疫が攻撃を開始できるのです。

ワクチンの原理のひとつは、新抗原を人工的に体内に入れることで、この一連の抗体産生プロセスを確立して、 体内にメモリーB細胞を残す ことにあります。

B細胞の拡大写真

T細胞とは

T細胞は白血球(免疫細胞)の一種で、末梢血液中の白血球の70%~80%はこのT細胞です。

T細胞の仕事は主に二つあって、ひとつは病原体(抗原)を捕食(これを貪食:phagocytosisと言います)して分解すること、もうひとつは、病原体に感染してしまった細胞や、突然変異を起こした自分の細胞(つまり、がん細胞)を見つけてこれを破壊することです。この様に、T細胞は特定の抗原(及び抗原に感染した体細胞)を実際に攻撃する機動隊の役割を担っています。

T細胞には大きく3種類があり、キラーT細胞(killer T cell)とヘルパーT細胞(helper T cell)と制御性T細胞(regulatory T cell)に分類されます。骨髄で生まれたナイーブT細胞は、胸腺(thymuses)で選別と教育を受けて、この3つのどれかになります。

キラーT細胞は、いわゆる攻撃部隊で、情報を受け取った特定の抗原(及び抗原に感染した体細胞)を破壊し貪食します。

ヘルパーT細胞は、司令官の役割をしていて、キラーT細胞に攻撃させたりB細胞に抗体を作らせたりします。ヘルパーT細胞はさらに、Th1細胞とTh2細胞に分かれていて、Th1細胞は主にキラーT細胞やマクロファージなどの細胞性免疫に攻撃の指令を出しています。一方、Th2細胞は関連するB細胞や抗原提示細胞と協力して抗体の産生を促します。

制御性T細胞は、過剰に興奮したキラーT細胞やヘルパーT細胞を鎮めて、攻撃すなわち免疫反応を終わらせます。ちなみに、関節リウマチなどの自己免疫疾患(autoimmune disease)の原因の一部はこの制御性T細胞がうまく機能せずに身体中で免疫反応が起こってしまうことにあると考えられています。

身体にCovid-19など病原体が侵入してくると、まず初めにパトロール隊のマクロファージや樹状細胞がその病原体を捕食し、分解して情報を集めます。マクロファージはその場に留まって情報を発信し続け、樹状細胞は近くのリンパ節に移動して待機しているヘルパーT細胞に抗原の情報を伝えます。

すると、情報を受け取ったヘルパーT細胞のTh1細胞とTh2細胞が活性化して、Th1細胞はキラーT細胞やマクロファージに抗原に対する攻撃命令を出し、Th2細胞は、B細胞を刺激して抗原に結合する抗体の産生命令を出します。この様にして身体中の免疫システムが活性化して総攻撃を開始することになります。

総攻撃によって病原体(抗原)が消滅したならば、制御性T細胞が働き出して、熱くなった免疫細胞らを沈静化させ、平穏な状態に戻します。熱くなったT細胞(これをエフェクターT細胞と呼びます)は、制御性T細胞の指令に従ってアポトーシス(apotosis:プログラム化された細胞死)を起こして自殺していきます。

と言うように、これで一件落着・・・となるのですが、実は最近重大な発見があって、これらエフェクターT細胞の一部が メモリーT細胞 (memort T cell)となって、攻撃した病原体(抗原)の情報を記憶して長期間(数十年から一生涯と言われています)リンパ節などに留まっていることが解ったのです。このメモリーT細胞の生存期間は、抗体の項で触れたメモリーB細胞よりもずっと長く、体内の抗体が消えた後も存続していることが解明されました。これによって、次に同じ病原体が侵入してきても即座に免疫の総攻撃が開始できることになります。

ワクチンの原理のもうひとつは、新抗原を人工的に体内に入れることで、この一連のT細胞活性化プロセスを確立して、 体内にメモリーT細胞を残す ことにあります。

そして、最新の研究では、このメモリーT細胞が形成されると、ワクチン効果(つまり、免疫の活性化)がほぼ一生涯続くことが解ってきました。

T細胞の拡大写真

ワクチンの分類(従来型)

18世紀の終わりにジェンナーが天然痘のワクチンを作り出しましたが、その後、ルイ・パスツールは病原体の培養を介してこれを弱毒化した生ワクチン(live vaccine)を創成しました。

従来型のワクチン製剤は大きく生ワクチンと不活化ワクチン(inactivated vaccine)に分類されます。

生ワクチン

生きた病原体を弱毒化して、接種する製剤。生きた細菌やウイルス、微生物を使っているため、言わば軽度の感染症を人工的に起こさせていることになります。この場合、メモリーB細胞(液性免疫)だけでなくメモリーT細胞(細胞性免疫)も発生させられます。いわゆる感染症に罹った状態になりますから通常は、1回のワクチン接種で免疫が誘導されます。

BCGワクチンや麻疹・風疹混合ワクチン、水痘ワクチン(帯状疱疹)、弱毒生インフルエンザワクチン(点鼻)などが代表的なものです。しかし、弱っているとは言え、生きた病原体ですので、副反応*としてワクチン株による感染症が起こることがあります。

*:ワクチン接種による副作用を「副反応」と呼びます。

不活化ワクチン

別名、死菌ワクチンとも呼ばれますが、ホルマリンなどを使った化学処理によって細菌やウイルス、微生物を不活化して(つまり、殺すこと)接種したり、あるいは、バラバラに分解して最も免疫反応示す部分を接種して免疫を誘導します。

いわゆる生きた病原体ではないため体内で疑似感染が起こらず、メモリーB細胞(液性免疫)だけが誘導されます。メモリーT細胞(細胞性免疫)が誘導されないため、免疫が弱かったり、長続きせず、複数回の接種(これをブースター接種と言います)が必要な製剤が多くあります。しかし、生きた病原体を使用していないので、生ワクチンの様な副反応(感染症)は起こりません。

代表的な製剤としては、インフルエンザワクチンや肺炎球菌ワクチン、コレラワクチン、三種混合ワクチン(DPTワクチン、ジフテリア・百日咳・破傷風混合)などがあります。

従来型のワクチン製造には時間と金が掛かる

生ワクチンにしろ、不活化ワクチンにしろ、製剤を作るためにはまず、生きた病原体を大量に作る必要があります。これには長い時間と手間が必要になり、また感染が誘発されるリスクもあります。

例えば、インフルエンザワクチンを作るには、鶏卵を利用してウイルスそのものを培養した後に人体内で作用しないように「不活化」という処理をするため、大量生産するには約6カ月かかると言われています。

多数の希望者に接種可能な量の製品を製造するには、この6ヶ月の工程を何度も繰り返す必要があり、これには、相当のマンパワーとコストも必要になります。

さらに、Covid-19の様な新たな感染症に対するワクチンを開発するには、多額の投資と時間を要するため、流行が収束して関心が低下すると資金が滞り、開発の中断を余儀なくされることが多々あります。グラクソ・スミスクラインの例でみますと、エボラ出血熱用のワクチン開発を長らく行ってきましたが、臨床試験の最終段階の時点で流行が広がっていたのは最貧国のコンゴ民主共和国だけであり、金銭的リターンが事実上見込めないとして開発継続を断念した経緯があります。

加えて、Covid-19の様なウイルスの場合は、短期間で簡単に突然変異を起こすため、せっかく時間と資金を投入してワクチンを完成させても、その時点で流行しているウイルスが変異していたならば、役に立たないことになります。

そこで、Covid-19用のワクチンには、時間とコストの掛からず、また、変異に容易に対応できるワクチン製剤として、DNAワクチンやmRNAワクチンが登場してくるのですが、これらにつきましては次回に説明していきましょう。

デハデハ

 

 

 

 

 

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