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Hygiene and Old-friend hypotheses: 衛生仮説と旧友仮説(1)

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皆さんこんにちは、Partner of Medical Translatorsの津村です。

今日はHygien hypothesis(衛生仮説)とOld-friend hypothesis(旧友仮説)について考えてみたいと思います。

(新型コロナウイルスによる感染症が問題となっている時期と重なってしまいましたが、新型コロナウイルス/新型肺炎とは関係の無い話ですので、ご了承ください)

最近受注した翻訳のお仕事の中に次の様な文章がありました;

The pattern of associations between postnatal microbial exposures and methylation of inflammatory genes underscores the relevance of epigenetic processes to the “hygiene” or “old friends” hypotheses, which link the development of immuno-regulatory pathways to microbial environments early in development.

⇒ 出生後の微生物への曝露と炎症遺伝子の間の関連パターンは、エピジェネティックなプロセスと「衛生」仮説または「旧友」仮説との関連性を強調しているが、これらの仮説は免疫調節経路を発育初期の微生物環境に結びつけている。

ここでわたしが興味を抱いたのが the “hygiene” or “old friends” hypothesesでした。

Hygien hypothesis:衛生仮説

衛生仮説とは「乳幼児期での病原菌への感染や非衛生的環境が、その後(少年期~)のアレルギー疾患の発症を低下させる」と言う仮説です。

1989年に、D. P. Strachan(英国London School of Hygiene and Tropical Medicineの疫学研究者)が発表した仮説(詳しくはこちら)で、自分より年長の同居者が多い小児ほどアレルギー疾患になる可能性が低いという事実をつきとめ、幼少時の感染環境への曝露頻度の違いが後生のアレルギーの発症頻度に影響するという仮説を提唱しました。

しかし、Strachanがこの仮説を提唱した当時は、感染症学や免疫学があまり発展しておらず、世間から認められることはありませんでした。

衛生仮説の歴史的背景

第2次世界大戦後の医学の発展は素晴らしく、特に感染症関連の疾患は激減しました(図1左Aパネル)。ところが、それと呼応するようにアレルギーに関連する疾患が激増してきたのです(図1右Bパネル)。2002年にBACHはその歴史的関連性を明らかにしました(⇓)。

出典:JEAN-FRANÇOIS BACH, N Engl J Med, Vol. 347, No. 12 September 19, 2002(原著はこちら)
Figure 1. Inverse Relation between the Incidence of Prototypical Infectious Diseases (Panel A) and the Incidence of Immune Disorders (Panel B) from 1950 to 2000.

⇒ 図1.1950年~2000年での典型的な感染性疾患(パネルA)の頻度と免疫性疾患(パネルB)の頻度の間の逆相関(Inverse Relation:負の相関とも言い、一方が減ると他方が増える関係のこと

パネルA:Rheumatic fever リウマチ熱(溶連菌感染症), Hepatatis A A型肝炎(A型肝炎ウイルス:HAV), Measles 麻疹(麻疹ウイルス), Mumps おたふくかぜ(ムンプスウイルス), Tuberculosis 結核(結核菌)⇒ 病原菌や病原ウイルスによる感染症

パネルB:Type 1 diabetes 1型糖尿病, Asthma 気管支喘息, Multiple sclerosis 多発性硬化症, Crohn’s disease クローン病 ⇒ 正確な原因は不明ですが、自己免疫疾患(autoimmune disease:AID← 広い意味でのアレルギー)に分類されています。

これは欧米のデータに基づいた報告ですが、日本でも似たような傾向が見られていて、結核や寄生虫感染が激減した時期から、アレルギー疾患が急増しています(⇓)。

出典:https://hatchobori.jp/blog/5853

興味深い報告があります。米国に移民してきた開発途上国の子供と米国内で生まれた子供では、前者の方が、アレルギー疾患(気管支喘息、湿疹、アレルギー性鼻炎、食物アレルギー)の有病率が低いことが示されました(オッズ比:0.48)。しかし、一方で、移民してきた子供が、米国内で1年以上居住するとアレルギー疾患の有病率が上昇したのだそうです。

以上の様に、現代病と言われるアレルギー疾患の重要な原因のひとつとして、「衛生環境の良い(well hygiene emvironment)生活環境」があることが解ってきました。これが衛生仮説の根源です。

幼少期での清潔すぎない環境

身体内の免疫システムが発展しだす幼少期に、発病しない程度に微生物(microorganism:細菌やウイルス、寄生虫など)に曝露しておくと、少年期以降のアレルギー疾患の発病が抑えられる・・・と言うのが衛生仮説です。

今や、テレビのCMで「ジョキン」の連呼を聞かない日がありません。世のお母様方は、我が子を細菌やウイルスから守るために、並々ならぬ努力をしています。例えば、除菌スプレーや除菌シートをふんだんに使って部屋の中を清潔にし、また、外界のホコリなどが入らないように家のサッシ窓などは閉めっぱなしにして密閉された空間の中で生活させ、指しゃぶりや爪噛みなどを止めさせ、テーブルや床に落ちた食べ物を口にさせず、外での砂場での遊びやどろんこいじりをさせず、電車の取っ手やつり革に触れさせないなど・・・それはそれは気を遣っています。

アレルギー疾患の原因は、体内の免疫の暴走に起因するもので、免疫が自己と外来物とか、有害なものと無害なものとかを区別出来なくなったことに起因しています。生まれて直ぐの乳児では免疫が発達していませんので、これらの区別は当然、出来ません。それが出来る様になるためには免疫に様々な外来物を接触させ、自己と外来物や有害なものと無害なものを区別させる訓練を行わせる必要があります。

これは勉強やスポーツと相通じる所があります。

一桁の足し算、引き算、かけ算、割り算をマスターしないと、3桁以上のかけ算は出来ませんし、平方根は開けませんし、ましてや、微分積分などはもってのほかです。子供の頃に一桁の足し算、引き算、かけ算、割り算を散々やらせることでこれらが出来る様になるのです。

また、子供の頃から毎日走り込んで、筋肉や体幹を鍛え、基礎練習をしっかり行うことで、100mを9秒台で走れるようになり、野球で三冠王となることが出来、ラグビーでジャッカルの名人となることが出来るのです。

乳幼児期の免疫をしっかりと鍛えることが、その後のアレルギー疾患を防ぐことが出来る様になることを確実に理解しておく必要があります。

 

どこまで戻すか?

かといって、昭和30年代の生活環境に戻ることはもはや不可能です。

理化学研究所免疫・アレルギー科学総合研究センターの谷口克センター長が「花粉症にならないための9か条」を示しています(詳しくはこちら)。それは・・・

だそうです。 谷口センター長は、「幼児期でアレルギー体質が決定するという仮説は正しいことが証明された。花粉症などのアレルギー性疾患は文明病であり、人間が物質文明を追求したために生じた免疫機能失調症だ」と指摘しています。

つまり、下の写真のような環境を備えることがBestということです。

出典:J Leukocyte Biol 2004より

しかし、現代の日本の都会ではなかなか難しいことでしょう。

そこで、少なくとも次の写真の様な状態は、暖かく見守るのが良いのではないでしょうか。

指しゃぶり(出典:https://akachanikuji.com/yubishaburi)

どろんこ遊び(出典:https://pixabay.com/ja/images/search/砂場/)

 

衛星仮設の根拠

では何故、幼少期に免疫をしっかりと鍛えておくと、青年期や成人になってからアトピーなどのアレルギー疾患が出にくくなるのでしょうか?

その辺のメカニズムを次に考えてみましょう。

これまでの理論

アレルギーの発現に関与している主要な免疫細胞はTh2細胞(ヘルパーT細胞の一種で、ダニやカビ、花粉などのアレルゲンに反応します)です。このTh2細胞の活動は別のヘルパーT細胞であるTh1細胞(細菌やウイルスの感染からの防御を担当)によって抑えられています。体内では、これらのTh2細胞とTh1細胞のバランスがとても重要で、このバランスが崩れることでアレルギー疾患が発現すると考えられています。

お母さんのお腹の中の胎児は、妊娠がうまく継続するように、Th2細胞が優勢な状態になっています(Th1細胞が優勢だと着床や妊娠の継続に支障が出てくることが解っています)。つまり、生まれたての乳児では細菌やウイルスの感染からの防御を担当するTh1細胞がまだまだ脆弱なのです。また、Th1細胞は1度の感染(曝露)では病原体にうまく反応することが出来ませんので、同じ病原体に複数回曝露する必要があります。

乳児~幼児~小児の時期に様々な病原体に度々曝露することで、Th1細胞の活動が徐々に強化され、それに伴って、Th2細胞とのバランスが保たれるようになることで、青年期や成人になってからのアレルギーの発生がコントロールされていく、と言うのが衛生仮説の理論です。

ところが、現代の日本のような衛生的な環境下では、乳児~幼児~小児の時期に十分な曝露を経験することが出来ず、Th1ーTh2細胞のバランスが崩れたまま少年や青年・成人になっていくのことになります。さらに、せっかく様々な病原体に感染しても、現代医療では抗生物質などの投与によってたちどころに治してしまいます。

この様に、先進国での現代環境では乳幼児の感染機会が減ったうえに感染しても薬ですぐに治してしまいますので、免疫が育たない・・・と言うことになります。

ただし、この理論でいきますと、喘息や花粉症などのアレルギー疾患になるかどうかは幼少期に決まってしまうことになります。しかし、特に花粉症の様に、青年や成人になってからアレルギー疾患になるケースも少なくありません。

この理由のひとつとして考えられているのが、免疫記憶の減衰です。ヒトの免疫細胞は、過去に曝露・感染したアレルゲンや病原体・微生物などを記憶していて、次の曝露・感染時に迅速に対応できるようになっています。

この免疫記憶は数年から10年は続くと言われています。この間に再度曝露・感染することで記憶は維持されていくのですが、現代の衛生環境下では、青年や成人での再度の曝露・感染がなくなっています。そうすると、せっかく出来上がっていた免疫記憶は徐々に薄れていってしまい、白紙の状態に戻ることでTh1ーTh2細胞のバランスが崩れ、アレルギー疾患になってしまうのだそうです。

最新の理論

2000年代に入って、分子レベルでの免疫学が発展してくるにつれて、衛生仮説の信憑性が高まってきました。その一方で、アレルギーに係わっているのはTh1細胞とTh2細胞だけでなく、制御性T細胞や炎症性のTh17細胞等の関与も明らかとなってきました。さらには・・・

2015年9月号のSCIENCEに次の様なタイトルの論文が載りました(詳しくはこちら)。

Farm dust and endotoxin protect against allergy through A20 induction in lung epithelial cells

⇒ 農場のホコリとエンドトキシンが、肺の上皮細胞でのA20誘発を介してアレルギーを防止する

肺の気管にホコリやエンドトキシン(細菌が作り出す毒素)が空気と共に入ってきて気管の表面を覆っている細胞(上皮細胞)に接触すると、これらの上皮細胞はある成分を作って分泌します。ここで言う上皮細胞を覆う成分がA20と呼ばれる物質です。

喘息は通常、気管に入り込んできたホコリやエンドトキシンを気管などの表面にいる樹状細胞(免疫細胞の一種)が捉えて、それをアレルギー物質(アレルゲン)として過剰に認識してしまい、気管や肺に炎症を起こさせる物質(サイトカイン)を放出することで発症します。

ところが、農村などの家畜と共生しているような環境では都会に比べると細菌が多く繁殖していますので、エンドトキシンが大気中に大量に漂っています。実際、大気中のエンドキシン量は衛生環境のバロメータとなっています。この様にエンドトキシンに溢れている環境で育った乳幼児では、気管の上皮細胞が早期からエンドトキシンと接触しているので、A20が大量に産生されています。すると、この大量のA20が邪魔をして、気管などの表面にいる樹状細胞が入り込んできたホコリやエンドトキシンと接触する機会が減り、喘息や花粉症などのアレルギーの発生が減る・・・というのです。

この論文によって、旧来のTh1ーTh2細胞理論は大幅に見直されることになり、また、衛生仮説自体は更に支持されることになりました。

ところが、ここで、新たな問題が浮かんできたのです。それは・・・

衛生仮説が成立するのは、ぜんそくや花粉症のようなアレルギーだけで、そこに関与しているのは、ダニとか空気中に飛んでいるエンドトキシンなどの分子だけだと言うことが解ってきました。一方で衛生仮説は、食物アレルギーやアトピー性皮膚炎にはあてはまらないことも解ってきたのです。では何故、食物アレルギーやアトピー性皮膚炎が起こるのでしょうか???

そこで、登場してきたのが「旧友仮説」ですが、これについては次回に説明させていただきますので、ご期待ください。

デハデハ

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