皆さんこんにちはPartner of Medical Translatorsの津村です。

さて、中国・武漢から発生した新型コロナウイルス(2019-nCoV)の人・人感染はどうやら確実になったようで、患者数は以前のSARS(severe acute respiratory syndrome:重症急性呼吸器症候群)を既に越えて、1万人程度になっているそうです。

日本でも2020年1月30日に、厚労省が「国内で人・人感染を確認した」と報告しています。さらに、日本時間の昨夜、WHOは会見を開き「緊急事態」を宣言しました。

そんな中、2020年1月21日のCNNニュースで、米国のNIH(National Institutes of Health:〈米〉国立衛生研究所)が2019-nCoVに対するワクチンの製造準備を開始したと報じています(詳しくはこちら)。

今回は2019-nCoVに対するワクチン製造に関する課題について触れてみたいと思います。

ワクチンは作れるか?

米国での動向

CNNの報道によりますと;

This new virus is a coronavirus, which is the same family as the virus that causes SARS, or Severe Acute Respiratory Syndrome, which was first reported in Asia in 2003 and killed more than 700 people. Middle East Respiratory Syndrome, or MERS, which has killed more than 800 people since 2012, is also caused by a coronavirus.

⇒ この新型ウイルスはコロナウイルスで、2003年にアジアで初めて報告され、700名を越える人命を奪ったSARS(Severe Acute Respiratory Syndrome:重症急性呼吸器症候群)の原因となったウイルスと同じ仲間です。2012年以来800名を越える人命を奪っている中東呼吸器症候群、即ち、MERSもコロナウイルスが原因となっています。(この文でのorは言い換えの意味で「即ち」とか「言い換えると」という意味になります

A team of scientists in Texas, New York and China are also at work on a vaccine.

⇒ テキサスとニューヨークと中国の科学者チームもまた、ワクチン製造の作業を進めています。([be] at work on作業中、計画中 という意味です

ということで、米国と中国は共同で2019-nCoVに対するワクチンの準備に取りかかっているとのことです。

また、報道の中で専門家は次の様に述べています。

The lesson we’ve learned is coronavirus infections are serious and one of the newest and biggest global health threats.

⇒ 我々が学んだ教訓から、コロナウイルスによる感染は深刻で、最新で最大の地球規模での健康への脅威となる。(The lessonとはSARSやMERSに対処した時に学んだこと=教訓)(one of the~~のひとつ ですが、和訳の時は省略した方がスッキリした文になります

Every virus has its challenges, but coronaviruses can be a relatively straightforward vaccine target.

⇒ どのウイルスにも抗原があるが、コロナウイルスは比較的簡単にワクチンの標的になる。(challenge抗原接種、ワクチン接種 ですが、ここは接種の元となる「抗原=antigen」を意味しています

it’s less challenging to develop a vaccine for coronaviruses than for other viruses such as HIV or influenza.

⇒ コロナウイルスに対するワクチンを開発することは、HIVやインフルエンザ等のその他のウイルスに比べるとそれほど困難ではない。(less~than・・・~は・・・ほどxxxではない の構文です

つまり、個々のコロナウイルスには特有の 抗原=antigen があり、それを使ってワクチンを作ることは比較的容易と考えられる・・・ということです。

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ワクチン作成での障壁

CNNニュースで専門家はまた・・・

There are still many questions about this new virus. This is an evolving situation, and it’s tough to predict ultimately where it will go.

⇒ この新型ウイルスに関してはまだ多くの疑問が残っている。この状況はまだ進行中であり、最終的にどうなるのかを予測することは難しい。

This is one of those inflection moments in outbreak history where we have enough information to be very concerned, but not enough information to say this is going to be an international crisis.

⇒ このこと(人・人感染)は過去のアウトブレイクの歴史における変曲点のひとつであり、非常に憂慮すべき情報は沢山あるが、これが全世界的な危機となると言えるだけの情報としては不十分である。

過去のパンデミックの例を見てみますと、2014年のエボラウイルス、2016年のジカウイルスなどがありますが、これらの新型ウイルスに対するワクチンの開発はタイムリーなものではありませんでした。

エボラウイルスの場合、非常に効果的なワクチンがすでに承認されていて、2019年の流行時に有効に使われた・・・とのことですが、2014年の最初の流行時には間に合わなかったとのことです。

ジカウイルスの場合は、2016年の流行時に開発がスタートしましたが、流行時には間に合わず、流行の自然沈静に伴って開発活動も中断され、承認されたワクチンはありません。

今回の2019-nCoVの親戚にあたるSARSの場合、テキサスのベイラー医科大学 熱帯医学部長のPeter Hotezのチームにおいて、マウスを使った試験でワクチンの有効性を確認し、酵母を使用することで簡単かつ安全に大量生産できることを示す研究を2017年に発表しました。ところが、SARSの自然沈静に伴って、研究費用の大半を占めていた政府からの資金援助が途絶え研究は宙に浮いたままになっているそうです。

8,000人以上の感染症例と約800人の死者を出したSARSは、2003年7月以降になるとヒトでの感染例が見られなくなり、ウイルス株はおそらく一掃されたと考えられています。SARSが沈静化すると、誰もSARSワクチンに投資しなくなり、試作品はずっと冷蔵庫に保管された状態となりました。

2019-nCoVはインフルエンザ・ウイルスと同様に、乾燥と低温を好む傾向が強いので、流行の時期はインフルエンザと重なり、従って、気温の上がる5月以降には自然鎮静すると考えられています。

この様に、過去のパンデミックの歴史を見ますと、現在の2019-nCoVの流行に対するタイムリーなワクチン製剤はどうも間に合いそうにありません。また、製薬メーカーサイドから見ますと、ワクチンの開発・製剤化には膨大な人手と時間がかかり、ビジネスとして成り立たない分野となっています。

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ワクチン製造のステップ

ワクチン製剤はビジネスとして成り立たないため、日本では北里研究所や千葉県血清研究所、その他の数カ所の研究所が採算を度外視してワクチンの開発・製造を行っているのが現状です。

ステップ1:ウイルスを増やせる宿主を探す

ウイルスは、生きた細胞に寄生しないと、その数を増やすことが出来ません。従って、ワクチンを製造するためには、まず、そのウイルスが増殖出来る生きた細胞(生物)をみつける必要があります。

現在の2019-nCoVがどの様な宿主で増殖するのかは、まだ解っていません。

インフルエンザのワクチンの場合には、幾種類かの動物細胞でウイルスの増殖が確認されていますが、利便性の面から選択されたのは発育鶏卵(ニワトリの有精卵)でした。

ここで、発育鶏卵(embryonated egg)とは;ニワトリの受精卵を37℃程度の孵卵器で暖めると、21日後にヒヨコが生まれます。この受精からヒヨコが孵化するまでの卵を発育鶏卵と呼びます。インフルエンザ・ウイルスの増殖には受精後10~12日の発育鶏卵を使います。

発育鶏卵の中の胎児、これを鶏胚と呼びますが、この鶏胚の横にはオシッコを溜めておく漿尿膜(ショウニョウマク)で出来た袋があります(下図参照)。この袋の細胞にインフルエンザ・ウイルスを移植すると増殖が始まり、増殖したウイルスは漿尿(鶏胚のオシッコ)中に放出されます。

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(出典:http://www.pref.ibaraki.jp/nourinsuisan/chikusan/kachiku/infuru/ai/data/03006-2.html)

この漿尿を回収して、その中の増殖したウイルスを分離すれば、ワクチン製造に必要な量のウイルスを得ることができます。

ところが、1個の発育鶏卵からは一人分のワクチンに使うウイルス量が取れるか取れないかぐらいですので、インフルエンザ・ワクチンですと、年間3000万人分くらい作りますので、このためには3000万個以上の発育鶏卵が必要となります。つまり、1日あたり8万~9万個の卵を処理しなければならないのです。これは大変な労力ですよね。

ステップ2:増殖するウイルスを特定する

日本では、インフルエンザの場合、国立感染症研究所が次の年に流行するであろうウイルスの型を予測し、製造メーカーにそのウイルスの種(タネ)を配ります。

現在の2019-nCoVでは、何種類のウイルス型があるのかが解っていません。どうも、人・人感染が確認されたあたりで、多くの変異が起こっていると考えられます。まずは、国立感染症研究所が人・人感染をしているウイルスの型を特定し、その種(タネ)を各製造メーカーに配付する必要があります。

日本の規定では、ワクチン製造メーカーが独自にワクチン製剤を開発することを許していませんので、国立感染症研究所の早期対応が待たれるところです。

ステップ3:ワクチンを製造する

ワクチンには、ウイルスを弱毒化して、生きた(増殖できる)ウイルスを接種する「生ワクチン(live vaccine)」と、ホルマリンや加熱でウイルスを殺したり断片にした(もはや増殖出来ない)ウイルスを接種する「不活化ワクチン(inactivated vaccine)」があります。インフルエンザやB型肝炎などのワクチンは後者の不活化ワクチンとなります。

インフルエンザ・ワクチンの場合は、増殖させたウイルスを特殊な溶液に浮遊させ、ホルマリン等を加えて数日間反応させ、完全に死滅させます。ただし、ウイルスには生死という状態がありませんので、増殖出来ない状態を「死んでいる」と呼びます。

ワクチン製剤は不安定ですので、大量に生産して保存しておく・・・ということが出来ません。基本的に都度生産となりますので、緊急を要する要望に応じることは難しい製剤です。

ステップ4:ワクチンの安全性と国家検定

ある程度の量の製剤が出来たならば、まずは製造メーカーにて、非臨床で安全性と有効性を確認する試験がおこなわれます。その一つは、無菌試験で、製剤中に別の生きているウイルスや細菌が存在しないことを1ヶ月ほど掛けて調べます。更にウサギに注射して発熱を起さないかの発熱試験を実施し、モルモットに注射して体重の減少を引き起こさないかなどの安全性を確認します。最後にこのウイルス液を動物に注射すると免疫抗体が充分に作られることを確認します。次に、ヒトでの検討を行い、抗体を充分に作ることが出来る濃度に薄めて、最終製剤とします。

出来上がった製品(数万本単位)を厚生省の国立衛生研究所に送り、国家検定を受けます。国家検定に合格すると、製品1本ずつに国家検定合格証書が貼られて、やっと最終製品となります。

この様にワクチン作りは、非常に手間がかかり、全行程を無菌で作業するために細心の注意が必要で、全行程に数ヶ月かかる大変な仕事です。

現在の2019-nCoVに対するワクチンを今から開発しても、夏までに製品化できるかどうかというところです。

ワクチン製造は採算が取れない

以上の様に、ワクチン製剤は国の指令に従って開発が始まり、国の検定をうけて製品となるのですが、出来上がった製品を国が買い取ってくれるわけではありません。

もし、国立衛生研究所が指定したウイルス型が間違っていて、効果のないワクチンを作ってしまっても、その経済的損失を国が補填してくれることはありません。

この様に、経済的リスクがあり、都度生産的な手作業の多いワクチン作りに多くの製薬メーカーは手を出さないのが現状です。

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以上の様に、我が国で現在の2019-nCoVに対するワクチンが開発される可能性はかなり低いと思われます。

頼みの綱は、海外でのワクチン開発が成功することですが、2019-nCoVはSARSのウイルスと遺伝子レベルで極めて類似しているため、上述の米国のPeter Hotezのチームは、SARS用ワクチンが武漢向けに比較的簡単に修正できる可能性があると考えています。

2019-nCoVのワクチンが出てくるまでは、手洗い、うがい、マスクで自己防衛するしか対策はないようです。専門家の話では、手洗いの徹底が最も有効なので、市販の消毒液などでこまめに手を殺菌することを勧める・・・とのことです。

 

デハデハ

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