中国の武漢から始まった新型の肺炎ウイルスが猛威を振るっています。

2020年1月24日付けで、電子版LANCETに新型コロナウイルスに関する疫学、臨床、検査に関する情報が公表されました(詳しくはこちら)。

今日は、その概略を(翻訳の観点も含めて)お知らせします。

研究の概略

報告の背景

報告論文のタイトルは;

Clinical features of patients infected with 2019 novel coronavirus in Wuhan, China

⇒ 中国・武漢で2019年新型コロナウイルスに感染した患者の臨床的特徴(Clinical features臨床的特徴 はほぼ決まり文句

となっています。

筆頭著者は、武漢にある金銀潭病院(Jin Yin-tan Hospital)のChaolin Huang教授となっています。おそらく武漢で新型コロナウイルスに感染した初期の入院患者を診察した人物でしょう。

その後ろ盾としてDepartment of Pulmonary and Critical Care Medicine, Center
of Respiratory Medicine, National Clinical Research Center for Respiratory Diseasesという呼吸器疾患の国立研究所が付いている様です。

In December, 2019, a series of pneumonia cases of unknown cause emerged in Wuhan, Hubei, China, with clinical presentations greatly resembling viral pneumonia.

⇒ 2019年12月、中国湖北省の武漢において、原因不明の肺炎患者が立て続けに発現し、ウイルス性肺炎に酷似した臨床症状を呈していた。(a series of=一連の ですが、ここは in a row=続けて、立て続けに と言うニュアンス

この時はまだ、この肺炎が新型のコロナウイルスによるものだとは認識されていなかった様です。そこで、肺炎の原因をさぐる検査が行われました。

Deep sequencing analysis from lower respiratory tract samples indicated a novel coronavirus, which was named 2019 novel coronavirus (2019-nCoV).

⇒ 下気道から得た検体のディープシークエンシング解析によって新型のコロナウイルスが見つかり、それを2019年の新型コロナウイルス(2019-nCoV)と命名した。(この文は無生物主語の構文で、「主語によって、目的語が・・・」と訳します

Deep sequencingはカタカナで「ディープシークエンシング」と訳されますが、遺伝子(DNAあるいはRNA、ゲノム)を解析する方法のひとつです。ここでは、コロナウイルスのRNAの塩基配列を深く(deep)配列化(sequencing)して、ウイルスの種類を特定するという解析方法です。

コロナウイルス(coronavirus)とは、主に呼吸器疾患を引きおこす原因ウイルスの総称で、表面に花弁状の突起があり、太陽のコロナのように見えることからこの名称が付いています。MERS(Middle East respiratory syndrome:中東呼吸器症候群)やSARS(severe acute respiratory syndrome:重症急性呼吸器症候群)の原因ウイルスもコロナウイルスの一種です。

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(SARSコロナウイルス:重症急性呼吸器症候群-Wikipediaより)

研究の方法

By Jan 2, 2020, 41 admitted hospital patients had been identified as having laboratory-confirmed 2019-nCoV infection.

⇒ 2020年1月2日までに入院した患者の内で41例が、検査で確認された2019-nCoVに感染していることが判明した。(laboratory=検査室 としないように注意しましょう。ここは、Deep sequencingなどの [実験室で行う]検査 と言う意味です)(identifiedconfirmedは似たような意味を持っていますが、しっかり訳し分けましょう

We prospectively collected and analysed data on patients with laboratory-confirmed 2019-nCoV infection by real-time RT-PCR and next-generation sequencing.

⇒ リアルタイムRT-PCRおよび次世代シーケンシングによる検査で確認された2019-nCoVに感染している患者のデータを前向きに収集した。(ここのbyは手段を表し「~によって」とか「~を用いて」という意味になります

real-time RT-PCR:「リアルタイムRT-PCR」と訳しますが、ここで、RT-PCR(Reverse-transcription PCR)とは、ウイルスの持っているRNAから逆転写(Reverse-transcription)酵素を使ってcDNA(complementary DNA:1本鎖DNA)を作成し、それを使ってPCR(polymerase chain reaction:ポリメラーゼ連鎖反応)を行う方法のことです。また、real-timeとは、PCRで出来た増幅産物を即時(ポリメラーゼ連鎖反応が完全に終わってからではなく、その都度)にモニタリングし、元のDNA(=RNA)の量を算出する・・・と言うことです。

next-generation sequencing:「次世代シーケンシング」と訳しますが、この10年の間に急速に広まった、数百万から数十億もの膨大なシーケンシング反応を同時並行して実行できる技術です。簡単に言うと、多数のDNAの塩基配列(シーケンス)を同時に解析する方法です。

つまりは、最新のDNA(RNA)解析技術を使って、2019-nCoVによる感染かどうかを調べ、2019-nCoVに感染した患者の病状(現病歴や既往症など)や背景因子(性別、年齢、家族構成など)を調べた・・・と言うことです。

medical-Record

研究の結果

患者背景

Most of the infected patients were men (30 [73%] of 41); less than half had underlying diseases (13 [32%]), including diabetes (eight [20%]), hypertension (six [15%]), and cardiovascular disease (six [15%]).

⇒ 殆どの感染患者は男性(30/41例[73%])であり、半数弱(13例[32%])が基礎疾患を持っており、糖尿病(8例[20%])、高血圧症(6例[15%])、心血管系疾患(6例[15%])などであった。(includingの後に列挙される事項を訳す場合、英文にetc.が付いていなくても、和訳文では「~など」とします。逆に、英訳の際にはこの「~など」は訳しません)(LANCETの投稿規定では、10以下の数値はスペルアウトすることとなっています

Median age was 49·0 years (IQR 41·0–58·0). 27 (66%) of 41 patients had been exposed to Huanan seafood market. One family cluster was found.

⇒ 年齢の中央値は49.0歳(四分位範囲:41.0~58.0歳)。41例の患者の内の27例(66%)は武漢の魚市場で多くの時間を過ごしていた。1家族で複数人の感染が認められた。(family clusterは疫学用語で「複数の発病者が出た家族」という意味)([be]exposed to~=~に晒される、~に触れる ですが、文意からは「多くの時間を(魚市場で)過ごした」ということです)(LANCETの投稿規定では、小数点を「·」で表現することとしています

発現する症状

Common symptoms at onset of illness were fever (40 [98%] of 41 patients), cough (31 [76%]), and myalgia or fatigue (18 [44%]); less common symptoms were sputum production (11 [28%] of 39), headache (three [8%] of 38), haemoptysis (two [5%] of 39), and diarrhoea (one [3%] of 38).

発病時に良く見られる症状としては、発熱(40/41例[98%])、咳(31例[76%])、筋肉痛や疲労感(18例[44%])など、稀な症状としては、痰が出る(11/39例[28%])、頭痛(3/38例[8%])、喀血(2/39例[5%])、下痢(1/38例[8%])などであった。(症状や副作用などの説明の際に出てくるCommonは「良く見られる」とか「報告の多い」という意味です

Dyspnoea developed in 22 (55%) of 40 patients (median time from illness onset to dyspnoea 8·0 days [IQR 5·0–13·0]). 26 (63%) of 41 patients had lymphopenia.

⇒ 呼吸困難が22/40例(55%)で発現し(発病から呼吸困難が起こるまでの時間の中央値は8.0日[四分位範囲:5.0~13.0日)、21/41例(63%)でリンパ球減少症が発現した。(英語では同一文や隣接文での同じ語句の繰り返しを忌み嫌います。ここでは、2文の動詞hadは1文のdevelopedのことですが、繰り返しを避けるために変えています。

インフルエンザでも発熱や咳、筋肉痛が発現しますが、2~3日で治まります。一方、2019-nCoVでは、それらが長続きし、だんだん重度になって、1週間後ぐらいから呼吸困難が出て来るようです。

従いまして、熱や咳が出てすぐに病院を受診して「インフルエンザ」と診断され、薬をもらったとしても、その後も熱や咳が治まらない場合は、2019-nCoV感染の危険性があります。

患者の転帰

All 41 patients had pneumonia with abnormal findings on chest CT.

⇒ 全ての患者で胸部CT上で異常が認められる肺炎となっていた。

2019-nCoV感染が疑われる場合は、胸部CT検査が必要となるようです。

Complications included acute respiratory distress syndrome (12 [29%]), RNAaemia (six [15%]), acute cardiac injury (five [12%]) and secondary infection (four [10%]). 13 (32%) patients were admitted to an ICU and six (15%) died.

⇒ 併発症としては、ARDS(acute respiratory distress syndrome:急性呼吸促迫症候群)(12例[29%])、RNA血症(6例[15%])、急性心障害(5例[12%])、二次感染(4例[10%])などであった。13例(32%)の患者がICUに入院し、その内の6例(15%)が死亡した。(acute cardiac injuryのinjuryは、交通事故などの外圧による「傷害」のことですが、この文では disorder=障害 の意味合いだと思われます

2020年1月29日現在で、死者は中国国内で131人以上、患者は5000人超となりました。また、この2019-nCoVは潜伏期でも人から人へ感染している可能性が高く、今後も患者数や死亡者数が爆発的に増えると予測されています。

つまり、パンデミック(pandemic)、即ち、複数の国にまたがったり全世界に広がったりするような、広域でまん延する深刻な感染病の大流行となるリスクが極めて高く、早急に2019-nCoVの特性を明らかにし、それに基づいた適切な治療法の開発が望まれています。

 

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