皆さんこんにちはPartner of Medical Translatorsの津村です。
しばらく仕事が忙しくて、ブログを投稿出来ませんでした(苦しい言い訳 😰)が、今日は、高血圧(HT)や腎臓病(CKD)、心血管系疾患などの生活習慣病とナトリウム(Na)やカリウム(K)などの食事から摂るミネラルとの関係を考えてみたいと思います。
皆さんご存じの様に「塩分を摂りすぎると高血圧になる」と言われていますが、最近では、この概念に多少の修正が必要であることが示されています。
日本の厚生労働省(MHLW:Ministry of Health, Labour and Welfare)は、5年ごとに「日本人の食事摂取基準」を公表していますが、その2020年版が2019年4月に公開されました(詳しくはこちら)。その基準(案)の中で私が今回注目したのは、①食塩の目標量が前回(2015年版)より低くなったこと、そして、②2020年版ではナトリウム/カリウム(Na/K)比がパラメータとして新たに加わったこと、の2点です。
もくじ
ナトリウム(Na)の摂取量
ナトリウム(Na)はその殆どが食塩(NaCl:塩化ナトリウム)として摂取されます。1日のNa摂取量を計算するには1日の食塩摂取量が解れば良いのですが、幸いなことに、食物から摂取した食塩の90%以上は尿中に排泄されます。そこで、24時間蓄尿(オシッコを溜めておく)をした後で、蓄尿中の食塩量を計測し、その値を2.54で割ると、1日のNa摂取量となります。
WHOの基準は妥当か?
世界保健機関(WHO)は、心血管系疾患の予防のためには1日2g未満のナトリウム(食塩換算で5g未満)摂取を目標値として推奨していますが、殆どの国や地域はこの目標を上回っています。
かく言う日本は、上記の「日本人の食事摂取基準 2020年版」で、食塩摂取の成人男性での目標値を7.5g未満、成人女性での目標値を7.0g未満としています。WHOの基準よりもかなり高いです。さらに、これは目標値ですので、殆どの日本人はこれ以上摂取しているのが実態です(H28年度の国民健康・栄養調査における摂取量の中央値:成人男性が10g以上、成人女性が8g以上)。
実は、WHOが提示したこの目標値を計算した根拠には大きな欠陥があります。まず、短期間測定しただけの個人データと血圧値に基づいており、地域差など(国や都市、地方、経済格差、文明格差など)を考慮していません。また、Na摂取を抑えることで心血管系イベントの発現が低下するという、無作為化試験や観察研究が行われていなかったのです。
そのため、WHOのこの推奨値に対して「現実性がない!」との批判が相次ぎました。そこで近年、様々な国や地域の研究者達が、地域(国や都市、地方、経済格差、文明格差など)差などを考慮した臨床研究や比較研究の結果を報告しています。
Prof. Andrew Menteらの研究
Prof. Andrew Menteら(ハミルトン大学、カナダ)は、2016年に「Associations of urinary sodium excretion with cardiovascular events in individuals with and without hypertension: a pooled analysis of data from four studies(高血圧症の人と非高血圧症の人を対象としたナトリウムの尿中排泄量と心血管系イベントの関連性:4本の試験結果を統合したプール解析)」と銘打った研究を発表しました(LANCET; Volume 388, ISSUE 10043, P465-475, July 30, 2016)。そして、この研究は世界中から注目を浴びたのです。
研究結果の要約
4本の大規模前向き研究に参加した49の国や地域で登録された133,118例の被験者(高血圧症:63,559例、非高血圧症:69,559例)、年齢の中央値55歳(四分位範囲:45歳~63歳)に関して、24時間尿中Na排泄量(推定値)と、死亡又は重大な心血管系疾患の有無、並びに、血圧を中央値4.2年間(四分位範囲:3.0年~5.0年)追跡した。
Na摂取量が増えるほど収縮期血圧の上昇度が増したが、高血圧症の人(Na摂取量が1 g増える毎に血圧が2.08 mmHg上昇)では非高血圧症の人(Na摂取量が1 g増える毎に血圧が1.22 mmHg上昇)より上昇度が大きかった。
6835件のイベントが発現した高血圧症の人では、Na排泄量が7 g/日以上(高血圧症例集団中の7060例[11%]:ハザード比[HR]=1.23、95%CI=1.11~1.37;P<0.0001)及び3 g/日未満(高血圧症例集団中の7006例[11%]:ハザード比[HR]=1.34、95%CI=1.23~1.47;P<0.0001)の症例でいずれも、Na排泄量が4 g/日~5 g/日(対照群:高血圧症例集団の25%)の症例よりもイベント発現リスクが増加していた。
一方、3021件のイベントが発現した非高血圧症の人では、Na排泄量が4 g/日~5 g/日(対照群:非高血圧症例集団中の18,508例[27%])の症例と比較して、それ以上のNa排泄量を認めた症例であっても主要イベントの発現リスクは増加しなかった(7 g/日以上の6271例[9%]:ハザード比[HR]=0.90、95%CI=0.76~1.08;P=0.2547)。しかし、3 g/日未満の症例ではイベントの発現リスクが有意に増加していた(7547例[11%]:ハザード比[HR]=1.26、95%CI=1.10~1.45;P=0.0009)。
補足1:Na排泄量が7gとは、食塩に換算すると7×2.54=17.78gのこと。同様に、3gとは7.62gとなりますので、WHOの推奨量(5g)よりはかなり多くなります。
補足2:ハザード比につてはこちらを参照してください。ハザード比の分母は「同じNa排泄量の集団(高血圧又は非高血圧)で、イベントが発現しなかった症例のハザード」、分子は「同じNa排泄量の集団(高血圧又は非高血圧)で、イベントが発現した症例のハザード」となります。その95%信頼区間が1を含んでいる場合は、有意水準α=0.05で統計学的に有意とはなりませんが、1を含んでいない場合は、有意となります。 |
出典:LANCET; Volume 388, ISSUE 10043, P465-475, July 30, 2016
図.ナトリウム排泄と主要イベント発現との関連(グラフ中の赤色曲線が推定したハザード比の線、ピンク色の帯は該当する95%信頼区間、縦軸のハザード比1.0がピンク色の帯に含まれていなければ、イベント発現のリスクが有意に増加していることを示しています。)
結果の解釈
Prof. Andrew Menteらの結果を解釈しますと・・・
- イベントの発現率が低く、ハザード比が1.0付近のNa排泄量(4 g~5 g/日;食塩の10g~12.7g/日に相当)付近の集団と比較しますと、高血圧症の人々ではNa排泄量が7 g/日(食塩の17.8g/日に相当)以上になるとリスクが増加しています。(図の中段)
- 非高血圧症の人々ではNa排泄量が7 g/日以上になっても、リスクが有意に増加することはなく、Na排泄量(4 g~5 g/日)付近の集団と同様になっています。(図の下段)
これはつまり、現在高血圧になっている人々では、Na(食塩)の摂取量を控える必要があるようです。しかし、現実的に毎日食塩を17.8g(Na換算:7 g/日)以上摂取している人々は少ない(本研究では約1.5万人[24%])と言うことです。さらに、現在高血圧ではない人々では、毎日食塩を17.8g(Na換算:7 g/日)以上摂取してもリスクが有意に増加することはありません。
これらの結果から、現在高血圧になっている人々であっても、 Na(食塩)の摂取量をそれほど気にすることはない と言うことが言えるでしょう。
さらに、この研究の一番重要な結果は・・・
- イベントの発現率が低く、ハザード比が1.0付近のNa排泄量(4 g~5 g/日;食塩の10g~12.7g/日に相当)付近の集団と比較しますと、高血圧の人々であっても高血圧でない人々であっても、Na排泄量が3 g/日以下(食塩の7.6g/日以下に相当)になると、逆に、リスクが増加していくのです。(図の中、下段)
つまり、Na(食塩)の摂取量を考慮する際には、摂りすぎよりもむしろ 控えすぎ に注意すべきだ・・・と言うことです。
これはある意味で衝撃的な結果で、これまでの私たちの常識やWHOの勧告に真っ向から対立するものでした。
ラーメン(スープを全部飲むと、1杯あたり6~10gの食塩)や漬物(沢庵100g中に食塩11.2g)が国民食となっている日本が常に長寿国上位にあるのも、これでうなずけるような気がしますが、皆さんはどう思われますか?
ナトリウムとカリウムの比
高血圧や心不全などの心血管系イベントに関係が深いミネラルとして、Na(ナトリウム)とK(カリウム)があります。Naに関しては、上述の様に、摂取量と死亡や心血管系イベントの関連性がJ(右へ90°回転)カーブを示しています。
しかし、K(カリウム)では、摂取量が増えるに従って死亡や心血管系イベントのリスクが低下することが解っています。また、KがNaの排泄を促進することも解っています。ちなみに、Kは野菜や果物、イモ類に多く含まれています(植物の3大栄養素は 窒素、リン酸、カリウム でしたよね)。一方で、Kは心臓の拍動に強く関連していて、腎機能等が低下して高カリウム血症(5.5 mEq/L以上)になると、頻脈や心停止が起こってきます。
Kは、体内では細胞内に多く含まれ、細胞外液に多いNaとのバランスをとりながら、細胞の正常な働きをサポートします。体内にNaが増えると、Kが尿への排泄を促すよう働きます。つまり、NaとKは表裏の関係にあると言っても過言ではありません。
WHOのガイドラインでは、1日の栄養摂取量として、ナトリウムは2.0g未満、カリウムは3.5g以上の摂取を推奨しています。しかし、この基準を両方とも満たしている個人は殆どなく、このガイドラインの現実性・実現性は低いと言えます。
そこで最近注目されているのがナトリウム/カリウム比です。
Martin O’Donnellらの研究
Martin O’Donnellら(マクマスター大学、カナダ)は、2019年に「Joint association of urinary sodium and potassium excretion with cardiovascular events and mortality: prospective cohort study(尿中へのナトリウムとカリウムの排泄量と心血管系イベント及び死亡との統合関連性:前向きコホート試験)」と銘打って、BMJに発表しました。
研究結果の要約
18の高、中、低所得国の都市部と地方部のコミュニティからの103,570例を研究対象とした。24時間のナトリウム及びカリウムの尿中排泄量の推定値(摂取量の代替パラメータ)並びに原因を問わない死亡及び重大な心血管系イベント(心血管死、脳卒中、心筋梗塞、心不全)を調査した。Na排泄量を3区分(低:<3g/日、中:3~5g/日、高:>5g/日)に分け、K排泄量を2区分(高:>2.1g/日、中低:≦2.1g/日)に分けた6区分でのイベント発生率を比較した。
参加者の41.8%が中国人であった。追跡期間は中央値で8.2年、この間に7,884例(6.1%)が死亡または心血管イベントを発現した。平均でNa排泄量は4.93g/日(食塩の12.5g/日相当)、K排泄量は2.12g/日であった。WHOの基準(ナトリウムは2.0g未満、カリウムは3.5g以上の摂取)を満たしていたのは0.002%(2~3例)だけであった。
6区分の成績をみると、
- 最もイベントの発現が少なかった第1位は⇒ Na排泄中:3~5g/日×K排泄高:>2.1g/日(イベント発現率6.4%)
- 第2位⇒ Na排泄低:<3g/日×K排泄高:>2.1g/日(イベント発現率6.8%)
- 第3位⇒ Na排泄高:>5g/日×K排泄高:>2.1g/日(イベント発現率7.5%)
- 第4位⇒ Na排泄中:3~5g/日×K排泄中低:≦2.1g/日(イベント発現率7.8%)
- 第5位⇒ Na排泄高:>5g/日×K排泄中低:≦2.1g/日(イベント発現率8.8%)
- 最もイベントの発現が多かった第6位は⇒ Na排泄低:<3g/日×K排泄中低:≦2.1g/日(イベント発現率9.4%)
以上の様に、「Na摂取は少ないほど良い」、そして「K摂取は多いほど良い」という世間の常識やWHOのガイドラインはどうも間違っているように感じますし、実現性・現実性に乏しいように思われます。
ちなみに、Naの原子量は22.99、Kの原子量は39.10ですので、カリウムの方がナトリウムより1.7倍ほど重いことになります。これを勘案して上記の第1位の組合わせをみてみますと、Kの2.1gはNaの3.57gに相当し、逆にNaの3~5gはKの1.76~2.94g(平均の4gは2.35g)に相当します。
これが意味するところは、最適のNa/K比はNaの原子数とKの原子数がほぼ一致する(化学的には同じmol[モル]濃度になる)あたり???ではないでしょうか←これは私見です。ちなみに、現在までの所、合意されている最適のNa/K比はまだありません。
デハデハ