皆さんこんにちはPartner of Medical Translatorsの津村です。
メディカル翻訳の講習をやっていますと、英文和訳で受講生の皆さんを悩ませているのが英文での「重複の省略」です。
英語は繰り返しを極端に嫌う言語で、それが故に代名詞が発達したと言われています。
和訳する際に、隠れている「重複の省略」に気付かないと、とんだ迷訳や誤訳となりますので、注意しましょう。
もくじ
重複の省略とは
以前に接続詞の訳し方(こちら)でも紹介しましたが、X of A and BとかA and B of Yなどの表現は典型的な重複の省略となります。
例文: I bought a dozen of peaches and tomatoes.・・・(1)
この文では X=a dozen、A=peachesそしてB=tomatoes となりますから、例文(1)の和訳文は、「モモとトマトを12個ずつ買った」となります。つまり、省略しない形の例文(1)は次の形になります。
例文: I bought a dozen of peaches and a dozen of tomatoes.・・・(1’)
一方、例文(1)を「12個のモモとトマトを買った」としますと、意味が二とおりになりまして、ひとつは上述の「モモとトマトを12個ずつ買った」ですが、「モモとトマトを合計で12個買った」との意味にもなります。
例文(1’)の様にa dozen ofが重複の省略であることを読者に理解してもらうためには「モモとトマトを12個ずつ買った」とする必要があります。
翻訳のポイントは 誤解されない表現 をすることです。
重複かどうかの見分け方
大きな病院の手術病棟には手術を行う operating room(手術室) と 手術の終わった患者を休ませる resting room(休憩室) があります。
では、次の二つの例文の意味がどう違うか解りますか?
例文:operating and resting room・・・(2)
例文:operating and resting rooms・・・(3)
例文(2)と(3)の違いは roomかroomsか と言うことだけですが・・・
例文(2)は「手術室と休憩室を兼ねたひとつの部屋」という意味で、例文(3)は『手術室と(それとは別の)休憩室』という意味になります。
この例文(3)を一般化しますと A and B Xs の形になりますが、A and Bの後にくる名詞X(例文のroom)が複数形(rooms)ならば 重複形の省略 、単数形(room)ならば 重複なし と判断することが出来ます。
では、次の英文を和訳してみて下さい。
例文:Investigator’s and Sponsor’s (if appropriate) opinions on causality.・・・(4)
これは有害事象に関する、治験責任/分担医師(investigator)と治験依頼者(sponsor)の被験薬と有害事象の因果関係に関する判断の英文ですが、ここで二つの疑問が出てきます。
- 文中に重複の省略があるか?
- (if appropriate)はどの語句を修飾しているか?
ではひとつずつ見ていきましょう。
*文中に省略があるか?
これは省略があります。
文法的に見て上述の様に、A and B Xs の形になっていまして、opinionsと複数形になっています。もし、治験責任/分担医師と治験依頼者の共同による判断であるならば、opinionと単数形になるはずです。
従いまして、省略しない文章は・・・
例文:Investigator’s opinion and Sponsor’s opinion on causality.・・・(4’)
となります。
一方、regulatory上からも、この文は重複が省略されていると判断できます。報告者である治験責任/分担医師の判断は報告上必須ですが、製薬メーカー等の治験依頼者の判断は「可能な限り」(治験責任/分担医師とは独立に)報告すること・・・となっていますので、報告者の判断と治験依頼者の判断の両方があることになります。
*(if appropriate)はどの語句を修飾しているか?
例文(4)を省略のない完全な英文に戻してみましょう。
例文:Investigator’s opinion and Sponsor’s (if appropriate) opinion on causality.・・・(4”)
この省略のない英文(4”)を見ればお解りのように、(if appropriate) が修飾しているのはSponsor’sだけであることが明白です。
以上の事から、例文(4)の和訳文は
因果関係に関する治験責任/分担医師の判断及び(該当する場合は)治験依頼者の判断・・・例文(4)の和訳文
として、誤解の無い様に語順を整えます。
これを、省略のある英文のとおり訳してしまいますと
因果関係に関する治験責任/分担医師及び治験依頼者(該当する場合)の判断
となり、①治験責任/分担医師と治験依頼者の共同による判断、とも読めますし、また、②(該当する場合)が治験責任/分担医師と治験依頼者の両方に掛かっている、とも読めます。また、この様な訳をしていますと、トライアルなどで翻訳者は「英文での重複の省略が見えていない」と評価されます。
例文(4)を見たときに、opinionsに気がつき、省略しない形の例文(4”)が見えてきて、そして、誤解の無い和訳文(上述の例文(4)の和訳文)が頭に浮かんでくれば・・・あなたには一人前の翻訳者の素質があると言えるでしょう。
究極の省略
では、次に究極の省略の例を示しましょう。
次の例文を見て下さい。
例文:In addition, a thorough knowledge of specific requirements for different types of medical documents, and keeping up to date with the relevant guidelines is a must.・・・(5)
ここで、 a thorough knowledge=十分な知識、 different types of =様々な種類の、 relevant guidelines=関連するガイドライン という意味です。
文中には複数のトピックスがあるように見えますよね。
ある受講生の例文(5)に対する和訳文は、次の様になっています。
訳例: 更に、色々な種類のメディカル文書に特有の要求事項に関して十分な知識を有すること、関連する最新のガイドラインを学び続けることも必須である。
なんとなく良さそうに見えますよね。ところが・・・
この英文は、Medical writerに必要とされる技能についての文章ですが、文末が is a must と単数形で終わっていますが、ここで質問です。このis a mustの主語は何でしょうか?
省略の過程
この質問に答える前に、省略文が出来る過程を考えてみましょう。
ここに二つの例文があります。
例文:Medical writing is both a science and an art. ・・・(6)
訳例:メディカルライティングは科学(science)であり技能(art)でもある。
例文:Medical writing requires an understanding in medical science and an aptitude for writing.・・・(7)
訳例:メディカルライティングには医学/医療科学の理解とライティングの能力(aptitude)が求められる。
元々、例文(6)と(7)は全然別の文章ですが、仮にこの2文が続いて書かれていたとすると、次の様になります。
Medical writing is both a science and an art. Medical writing requires an understanding in medical science and an aptitude for writing.・・・(8)
相前後して、Medical writingを主語とした文章が続いていますので、この様な時は、例文(8)の後の文のMedical writingを代名詞itに変えて・・・
Medical writing is both a science and an art. It requires an understanding in medical science and an aptitude for writing.・・・(9)
と表現します。しかし、Nativeはこれではまだ飽き足らずに、これをさらに省略して、一文にしてしまいます。
Medical writing is both a science and an art, and requires an understanding in medical science and an aptitude for writing.・・・(10)
文法上は、後のandの前にある「,カンマ」は必要ないのですが、この「,カンマ」があることでこの文を読んだ読者は ここで小さな区切りがある⇒ ハハ~、省略がされているのだなぁ と言うことに気付くのです。
そして、この例文(10)での , and の表現をよくよく見ると、例文(5)にも同じものがあることに気がつきますよね。
例文(5)の・・・medical documents, and keeping up to・・・のandの前にある「,カンマ」も文法上は必要のないものです。
それにもかかわらず、筆者がこの「,カンマ」を使っていると言うことから・・・ここで小さな区切りがある⇒ ハハ~、省略がされているのだなぁ と言うことに気付くのです。
重複を避けに避けた結果
つまり、例文(5)は重複を省略しまくった結果、文末に is a must が残ったのです。
上述の「省略の過程」を遡ってみると、例文(5)は元々二つの文だったと考えられます。そこで、「,カンマ」の前後でぶった切って、無理矢理ふたつの文章にしてみましょう。
In addition, a thorough knowledge of specific requirements for different types of medical documents***. ・・・(11)
### keeping up to date with the relevant guidelines is a must.・・・(12)
例文(11)の方は、名詞の羅列だけでV+Oの部分が見当たりません。つまり、V+Oが省略されていると考えられます。
一方、例文(12)の方はS+V+Oの形にはなっていますが、keeping up to date の前に何かしらの(代)名詞が省略されているはずです。
省略されていると言うことは、これまでに述べたように、重複しているから省略されるのです。
従って、例文(11)で見当たらないV+Oは例文(12)のV+O、即ち、is a must であることが解ります。
例文(12)の方で言葉足らずのSに補足される語句を例文(11)の方で探しましょう。例文(12)のV+O、即ち、is a must は単数形ですから、例文(11)で単数形を表している語句を探すと・・・a thorough knowledge of が浮かんできます。
以上の事から、例文(11)と(12)を完全な文にすると・・・
In addition, a thorough knowledge of specific requirements for different types of medical documents is a must. ・・・(11’)
A thorough knowledge of keeping up to date with the relevant guidelines is a must.・・・(12’)
となりまして、この二文が相前後して続いていたので、省略に省略を重ねた形で、例文(5)になった・・・ということです。
ですので、 is a must の主語は a thorough knowledge ということになり、例文(5)の和訳文は;
さらに、様々な種類のメディカル文書に求められる特定事項に関する十分な知識が必須であり、また、関連するガイドラインの最新情報を把握するのに十分な知識が必須である(欠かせない)。
と、省略されている語句を復活させて和訳するのがポイントとなります。
この様に、省略形の文章かどうかを見分けるポイントは、A and B Xsの形があるか? また、 違和感のある動詞がないか? ということになります。
英語は省略の言語だと心得て、英文を読解する際には「省略がある」という前提で、注意深く語句を解釈しましょう。
デハデハ