皆さんこんにちはPartner of Medical Translatorsの津村です。

過日、医薬翻訳講座(詳しくはこちら)で、QCチェッカーの話をしたところ、興味を示された受講生がかなりいらっしゃいましたので、今日はQCチェッカーの話をご紹介します。

 QCチェッカーとは

QCチェッカーとは、大きく分けて、翻訳エージェントさんでのチェッカーと医薬品企業でのチェッカーがあります。

また、私は「QCチェッカー」と呼んでいますが、単にチェッカーとか翻訳チェッカー、ポイントチェッカーなどなど様々な呼称がありますので、注意しましょう。

さらに、業務の範囲も、① 翻訳文の数字・誤字・脱字などケアレスミスを中心とした確認作業(基本チェック)、② 訳し抜けや用語の統一、フォントなどのフォマーット制整備、図表のスタイル整備などを中心とした作業(エディット・チェック)、③ 全体のストーリー展開の確認や読者に解りやすい表現への変更、誤解されない表現の整備を中心とした作業(レビュー・チェック)、④ これら①~③を1人のチェッカーが全て行う業務(統合チェック)、⑤ ローカライズなどの特殊な分野に特化したレビューチェックなど、会社やエージェントによって千差万別ですので、こちらも注意が必要です。

まずは、翻訳エージェントさんでのチェッカーについてご紹介します。

 QCチェッカーの仕事(翻訳エージェント)

フリーランス翻訳者への仕事依頼は通常、翻訳エージェントから行われます。そして、フリーランスから納品された翻訳物を翻訳エージェントとして、点検(QCチェック)し、合格したものをクライアントに納品します。

この翻訳エージェントにおいて点検(QCチェック)をする担当者を、QCチェッカーと呼びます。

チェック業務としましては、「基本チェック」と「エディターチェック」に大別されます。

代表的な基本チェック項目としましては、次の様なものがあります。

  • 数値の不一致 ⇒ 数字や単位、小数点の位置など
  • 誤字・脱字 ⇒ スペルミスなど
  • 訳し抜けの確認 ⇒ 原稿と翻訳の突き合わせ
  • 図表番号と本文引用の一致 ⇒ 本文での記述「図X参照」と実際の図表の一致を確認
  • 用語の確認 ⇒ 訳文全体で同じ(専門)用語を使っているか

総じて、翻訳者のケアレスミスに関連したものと言えるでしょう。

翻訳者のケアレスミスの例:

英文原稿:He is not, strictly speaking, an American citizen, but he has lived in New York for nearly thirteen years.

和訳文:厳密に言うと、彼はアメリカ市民ではないが、しかし、彼は30年近くニューヨークに住んでいる。(解答は文末)・・・(1)

 

代表的なエディターチェック項目としましては、次の様なものがあります。

  • レイアウト等の確認 ⇒ フォントの種類やサイズ、フォーマットのブレ、句読点の種類のずれ(、と , など)、レイアウトの統一など
  • 誤訳 ⇒ 二重否定、時制、時系列など
  • 口調の統一 ⇒ である調、ですます調など
  • 用語の妥当性 ⇒ 特に医学的表現やデータ解析の表現の妥当性
  • 繰り返しの不統一 ⇒ 訳文全体で繰り返しに同じ表現を使っているか
  • ストーリーの確認 ⇒ 原文のストーリー展開と一致しているか?

最もよく見られるエディターチェックでの修正は、文法的な間違いです。例えば;

和文:見知らぬ女性がその部屋に入り、窓を閉めた。

英訳文:A strange woman entered in the room and closed the window.(解答は文末)・・・(2)

 

翻訳エージェントでのQCチェッカーの業務で重要なことは、チェックの結果を残し、記録することです。これらの記録を「チェック証跡」と呼びます。

点検結果は、チェック証跡として、指摘事項を赤ボールペンなどで記入したチェック原稿をクライアントに納品します(チェックリストに記録する場合もあります)。

チェック証跡の例:

チェックリストへの記録の例:

  1. 訳抜けを修正しました。
  2. 明確で読みやすい表現に修正しました
  3. 明確で読みやすい表現に修正しました

 QCチェッカーの要件

インターネットに公開されている、翻訳エージェントのQCチェッカーの募集要項を2件ほど紹介します(2019年7月時点)。

*S社(四谷)

業務内容: 臨床、非臨床、薬事申請、学術情報等、各文書の翻訳(和訳、英訳)チェック業務

資格・条件(QCチェッカー)

  • 治験関連ドキュメントの翻訳またはチェック業務の実績あり
  • TOEIC850点以上または同等の英語力を有する方
  • 週2日以上、東京本社で社内勤務ができる方
  • 社内と在宅合わせて週30時間以上業務ができる方
  • 雇用形態:契約社員、フリーランス
  • 弊社治験英訳または和訳トライアルに合格

*P社(三田)

業務内容: CSR、CTDなど臨床試験関連文書のQC(誤字・脱字、用語、誤訳、訳漏れ、文書内および文書間の整合性、レイアウトなどの点検)

資格・条件(QCチェッカー)

  • 医薬分野の翻訳/校正/QC経験がある方、または製薬会社/CROの勤務経験がある方(QC未経験の方には、在宅または来社にて1カ月程度の研修を受けていだきます。)
  • 臨床試験に関わる英文の読解に支障のないこと
  • 勤務形態: 在宅フリーランス

 

原則として、QCチェック業務の経験者が条件となっていますが、需要に供給が追いついていませんので、「基本チェック」のチェッカーならば未経験者でも採用される可能性があります。ただし、チェッカーとしての採用テストがありますので、それに合格する必要はあります。

勤務形態は、週に数日はエージェントのオフィスに出勤することが多いですが、慣れてくれば在宅でも作業が可能となります。

 QCチェッカーの報酬

チェッカーへの報酬は業務内容とエージェントによって様々ですが、基本チェックの相場は翻訳単価の30%~50%程度の様です。

翻訳エージェントの募集要項によりますと・・・

  • 翻訳エージェント(契約社員):時給1,700円~2,000円
  • 翻訳エージェント(正社員):年収350万円~

なお、仕事量としては、某外資系会社がQCチェッカーに求めるスピードは1日~8000ワード(英文)で、ワード単価3円程度 と言うものがありました。

端的に言いまして、結構神経を使う仕事の割には報酬はそれほど高くないようです。

 QCチェッカーは翻訳者への第一歩

  • メディカル翻訳者を目指して勉強しているが、実際のメディカル文書を見る機会が殆どない
  • メディカル翻訳者を目指して幾つもトライアルを受けているが、なかなか合格しない

などの悩みを抱えている方が多いと思いますが、その原因のひとつが実際のメディカル文書や翻訳文章を見たことがない・・・と言うことです。

QCチェッカーの仕事に就ければ、この様な悩みは解消するかもしれません。

 QCチェッカーのメリット

QCチェッカー(基本チェック)として仕事をすれば、報酬は高くないですが、それを凌駕する次の様なメリットがあります。

  • QCチェック業務では、翻訳の対象となる原資料を直に見ることが出来ます。
  • ×○製薬はこういう資料を翻訳に出している・・・という実例が解ります。
  • 翻訳者の納品物をチェックしますから、翻訳者の生の仕事内容が解ります。
  • エディターチェックの内容が確認出来る。
  • 勤務している会社(エージェント)に翻訳者として採用されやすい

生の翻訳原稿と第1線の翻訳者が仕上げた生の翻訳物が比較検討出来るのですから、翻訳者を目指しているあなたにとって、これほど貴重な体験はありません。

さらに、レベルが上位のエディターチェックやネイティブチェックの結果も知ることが出来ますので、一流の翻訳者になるための翻訳技能の向上に役立ちます。

また、エージェントとしてどの程度の翻訳を良しとしているかも実感できますので、ともすると、翻訳者さんよりもチェッカーの方が得られる情報が多い・・・ということもありえます。

最後に、チェッカーとして認められれば、働いているエージェントとの信頼関係が出来ますので、翻訳者として採用される確率も高くなります。さらに、チェッカーとして「経験者」になりますので、受けられるトライアルの範囲も格段に広がります。

この様に、フリーランスの翻訳者になるために、QCチェッカーから始めて、じっくりと翻訳力を養うという方法も大いにアリです。

ただし、そのためには、翻訳者として有用なQCチェッカーになる必要がありますので、応募するときには、業務内容を事前によく調べておく必要があります。

 QCチェックは正誤問題

翻訳物などのQCチェックは「修正なし」を含む正誤問題の延長上にあると言えます。

大学入試などでの正誤問題の特徴は・・・

  • 何処に誤りがあるか解らない。
  • 誤りが無いかもしれない。
  • 主に、スペルの誤り、文法上の誤り、誤訳が問われる。
  • 時として、誤字・脱字や語順が問われる。

などですので、これは即ち、基本チェック+エディットチェックを行っているのと同じシチュエーションと見做すことが出来ます。

その意味で、QCチェッカーのトライアル対策として、高校入試や大学入試の正誤問題にチャレンジする・・・ことをお勧めします。

正誤問題の例を幾つか挙げておきましょう。

正誤問題1: 基礎編(英訳)

和文:昼頃に雨は上がり、空が晴れて雲はほとんど残っていなかった。

英訳文:Around noon the rain let up and the skies cleared, leaving a few clouds.(解答は文末)・・・(3)

正誤問題2: 中級編(英訳)

和文:全てのプログラムの使い方が分かるまで、コンピュータで練習しなければならない。

英訳文:You must keep to practice on the computer until you understand how to use all the programs.(解答は文末)・・・(4)

正誤問題3: 中級編(会話)

A:How about going to a movie on Friday night?

B:Sorry, I can’t. I will have dinner with my parents.

(解答は文末)・・・(5)

 

いかがでしたか?

フリーランス翻訳者を目指すひとつの訓練の場として、QCチェッカーの業務がありますが、チェッカーの仕事も奥が深く、Qualityの高いチェックをするには、それなりの翻訳力が必要となります。

デハデハ

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例文/正誤問題の解答

(1)英文は nearly thirteen years(13年近く)ですが、和訳文は「30年近く」となっています。スペルアウトされた数字の誤訳の典型です。

(2)A strange woman entered in the room・・・enterは他動詞ですので、後に前置詞はつきません。文法上の典型的な間違いです。

(3)a few⇒ (very) few。 a fewは「多少雲がある」ニュアンス。 日本語の「殆どない」は限りなく「ない」といういこと。

(4)keep to practice ⇒ keep practicing。 keep+doingで「~し続ける」 ⇒ 動名詞は「過去からの継続」を意味します。

(5)I will ⇒ I am going to。 willとbe going toの違いの1つとして「その場で決めたことならwill、元から予定していたことならbe going to」というルールがあります。両親と食事をすることはあらかじめ決まっていたはずですから、この場合はbe going toで表現します。