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驚異の酪酸

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皆さんこんにちはPartner of Medical Translatorsの津村です。

このところちょっと忙しくて、ブロクの方がおろそかになってしました。

今日は、翻訳の仕事関係で「制御性T細胞(Suppressor T cells)」の事を調べていて、酪酸に関する面白い情報をたまたま入手しましたので、お知らせします。

まずは、大元の制御性T細胞(Treg細胞)について・・・

 制御性T細胞とは

T細胞とは白血球の一種(詳しくはこちら)で、攻撃実行部隊の主役です。T細胞には細胞傷害性Tリンパ球(CTL)とヘルパーT細胞、そして制御性T細胞の3種類があります。

CTLは外来の病原菌やウイルス、がん化細胞等を直接攻撃し、ヘルパーT細胞は抗体を産生するB細胞を活性化します。

一方、制御性T細胞は、活性化したCTLやヘルパーT細胞の活動を鎮める働きをしています。

制御性T細胞の存在は理論的には昔から知られていましたが、日本人の坂口先生(理化学研究所)のグループによって実際に分離され、発見されたのはつい最近の事です(Immunity. 2012 Nov 16;37(5):785-99)。

制御性T細胞は他のT細胞と違って、他のT細胞の働きを鎮める(制御する)ことにより、過剰なT細胞の働きを抑えることで炎症を収束させ、さらに、アレルギーや自己免疫疾患などの発症を抑えるのに重要な働きをしています。

つまり、私たちの体内で起こっている様々な免疫活動をコントロールしている重要な細胞なのです。

 腸で成熟する制御性T細胞

腸は食べ物の消化吸収を行うと同時に、口から入ってくる細菌やウイルスなどの異物が体内に侵入しないように防御するはたらきをしています。

驚くべき事に、腸には生体防御を担当する免疫細胞の約70%が集まっていると言われており、免疫系の要になっている臓器なのです。これらの免疫細胞は、腸の粘膜から吸収されてくるアミノ酸などの様々な物質をチェックしていて、体にとって役に立つ物質(栄養素やビタミンなど)だけを通過させています。

ですので、この腸での免疫システムが不調になると、様々な病気(インフルエンザなど)や食物アレルギー、アトピー性皮膚炎や関節リウマチ等の自己免疫疾患、ひいては、糖尿病や大腸癌を誘発することもあります。

そしてこの腸が、ここがポイントですが、制御性T細胞を一人前に育てる育成組織になっているのです

そして、この制御性T細胞を一人前に育てている成分が酪酸(butyric acid)なのだそうです。

 酪酸(butyric acid)とは

酪酸は天然に広く分布していますが、最初に発見されたのがバターからだったので、ラテン語でバターを意味する「butyrum」から、酪酸「butyric acid」の名で呼ばれるようになったとのことです。和名の酪酸も牛酪(バター)からだった様です。

化学式 CH3(CH2)2COOHの脂肪族カルボン酸の一つ(つまりアブラ)で、独特の腐敗臭を持っているのが特徴です。銀杏のあの臭い匂いの元がこの 酪酸↓ です。

 

酪酸は、食物からも摂取できますが、腸内にいる酪酸菌やクロストリジウムという細菌が、食物繊維や炭水化物を食べて発酵させ、酪酸を大量に合成します(つまり、彼等の💩)。

腸内で発生した酪酸は最初に、腸管の表面にある細胞(いわゆる腸粘膜)が自分達の栄養源として吸収し、さらに腸粘膜を通過させて、栄養素として体内に吸収されます。

 酪酸の刺激(作用)

胸腺から出たばかりの未熟T細胞は、腸の訓練場で様々な刺激を受けてCTLやヘルパーT細胞、そして制御性T細胞に分化するのですが、この中で酪酸による刺激を受けた未熟T細胞が制御性T細胞になります。

つまり、酪酸の吸収量が多いと、それに比例して制御性T細胞が多くなるという仕組みです。

T細胞の核にある遺伝子には、制御性T細胞になるためのFoxp3という遺伝子がありますが、通常、このFoxp3遺伝子はヒストン脱アセチル化酵素という酵素によって”OFF(非活性)”の状態になっています。

Foxp3遺伝子を活性化させて”ON”にしないと制御性T細胞になれません。そこで、制御性T細胞になるためには鍵の役目をしているヒストン脱アセチル化酵素を働かせない様にする必要があります。

酪酸には、このヒストン脱アセチル化酵素に結合して働かせないようにする作用があります。ですので、未熟T細胞の周りに酪酸が増えてくると、そのT細胞のヒストン脱アセチル化酵素に酪酸が結合して、制御性T細胞になる・・・という事が解りました。

これを明らかにしたのが坂口先生のグループでした。

上段:酪酸無処理培養。未成熟なT細胞は、ヒストン脱アセチル化酵素の作用により、Foxp3遺伝子領域のヒストンのアセチル基が除去される。その結果、Foxp3遺伝子の発現はオフのままとなり、制御性T細胞への分化が抑制される。

下段:酪酸処理培養。未成熟なT細胞は、酪酸によりヒストン脱アセチル化酵素の活性が抑制されるため、ヒストンのアセチル化が進む。その結果、Foxp3遺伝子の発現がオンに切り替わり、制御性T細胞への分化が促進される。

腸内細菌が作る酪酸が制御性T細胞への分化誘導のカギ)より

遺伝子のDNAはヒストンというタンパク質に巻き付いていて、このヒストンにくっついている「目印」の有無がそのヒストンの遺伝子発現のオン・オフを制御しています。

ヒストン脱アセチル化酵素は、ヒストンにくっついているアセチル基という目印を取り除く酵素で、目印が無くなったヒストンに巻き付いているDNAは働きません。

酪酸によりこの酵素が阻害されると、ヒストンの目印が復活します。その結果、DNAがヒストンに巻き付く強さが緩まり、遺伝子の発現がオンに切り替わりやすくなります。

そこで、酪酸を未成熟なT細胞の培養液に加える実験を行いました。その結果、未成熟なT細胞のDNAのうち、制御性T細胞への分化誘導に重要なFoxp3遺伝子領域のヒストンの遺伝子がオンになり、制御性T細胞へと分化することが分かりました。

このようにヒストンの「目印」の有無によって遺伝子発現のオン・オフが調節され、DNAの塩基配列自体には変化を起こさない現象をエピジェネティクス制御と呼びます。つまり、腸内細菌が生産した酪酸が、T細胞のエピジェネティクス制御を介して制御性T細胞への分化を誘導していることが示されました。

 酪酸菌の特徴

酪酸を作り出す酪酸菌は、乳酸菌などと同じ「善玉菌」の一種ですが、独特な特徴を持っています。

それは「芽胞(endospore)」を形成することです。芽胞は乾燥や熱に対して非常に強く、数十年も冬眠状態に入った後でも目覚めて繁殖することができます。

酪酸菌は、煮沸などの高温や胃酸などの強酸に晒されると、芽胞という鎧を作ってその中にこもります。ですので、食物やサプリメントとして口から摂取しても、胃酸という苛酷な環境をくぐり抜けて、その殆どが腸に到達して、再び活動を始めます。

一方、乳酸菌やビフィズス菌などは芽胞を作らないため、腸にとどく前にその多くが胃酸で破壊されてしまいます。

腸での酪酸菌の主食は、食物繊維と炭水化物ですが、その多くは悪玉菌の主食でもあります。

悪玉菌の食料を酪酸菌が食べてしまうことで、悪玉菌は増殖出来なくなり、結果として善玉菌が腸内で増えることになります。酪酸菌が腸内環境を改善するメカニズムのひとつがこの特徴です。

最近、テレビなどで、クロストリジウムという細菌が酪酸を産生して免疫を改善する・・・と言われていますが、実はクロストリジウムには沢山の種類があり、食中毒を起こすボツリヌス菌や破傷風を起こすテタニ菌(実際はその毒素のテタヌストキシンが破傷風を起こします)などもクロストリジウムの仲間です。その一方で、酪酸を産生するクロストリジウムは2種類ほどしかなく、酪酸菌に比べますとかなり危なっかしい細菌です。

ということで、酪酸を増やすには腸内の酪酸菌を増やすのが安全で確実な様です。

 酪酸のその他の作用

酪酸が増えることで、腸内の制御性T細胞が増え、体内の免疫バランスが正常に保たれる様になります。

風邪は様々なウイルスが原因と言われていますが、それらのウイルスの多くは腸から体内に侵入してきます。

そこで、最初のバリアである腸管の免疫細胞が適格に風邪ウイルスを拿捕すれば、風邪を引かなくなります。酪酸が増えることで、腸内の制御性T細胞が増え、免疫が正常に機能することで、風邪を引きにくくなります。

日本で、最も多い難治性がんは大腸癌です。がん細胞が大腸の壁の中にある血管やリンパ管に入り込むと、そこから他の臓器に転移を起こすようになります。酪酸には、この大腸がんを防ぐ可能性が示唆されています。

動物実験などから、酪酸は大腸がんの細胞増殖を阻害したり、がん細胞のアポトーシス(細胞死)を誘導することがわかりました。さらに他の研究では、腸内細菌のエサとなる食物繊維の多い食事を与えられたマウスを発がん物質に曝露させた場合、食物繊維の少ない食事を与えられたマウスよりも大腸がんの発症低く、この時の腸内では酪酸の量が増加していたことも報告されています。

スイスとオーストラリアの共同研究チームが行った最近の研究の報告によりますと、酪酸はインフルエンザの症状を軽減する可能性があるとのことです。マウスにインフルエンザを感染させた実験で、感染前から継続的にエサに酪酸混ぜて与えていたマウスでは、免疫機能が活性化されて、生存率の低下を防ぎ症状が軽減されたとのことです。

免疫機能の異常亢進によって起こる花粉症や食物アレルギーも酪酸によって改善する可能性があります。花粉症や食物アレルギーのある患者さんの腸内細菌を調べたところ、酪酸を産生する酪酸菌やクロストリジウムの数が少ないことが解りました。

制御性T細胞が少なく、亢進している免疫反応を制御仕切れていないことが原因ではないかと考えられています。

その他にも、自己免疫疾患であるアトピー性皮膚炎や関節リウマチ、多発性硬化症等に対しても酪酸の作用があるのではないかというエビデンスが幾つか報告されています。

 T細胞

 まとめ

腸からの酪酸の吸収量を増やすことで、免疫細胞の制御性T細胞の数が増え、体内の免疫システムが正常に保たれることが示唆されています。

この酪酸の作用によって、風邪やインフルエンザに罹りにくくなったり、アレルギーを予防できたり、自己免疫疾患や大腸癌を防ぐことが出来ると考えられます。

腸内の酪酸を増やすためには、腸内善玉菌の酪酸菌を増やすことが安全で確実な方法と考えられます。

腸内の酪酸菌を増やすためには、食物繊維の多い食事を心がけたり、酪酸菌を含むサプリメントを服用することが推奨されます。ただし、バランスの取れた食生活を送っているという前提の話ですが・・・(酪酸菌のサプリの話はこちら

デハデハ

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