皆さんこんにちはPartner of Medical Translatorsの津村です。

皆さんは「クスリはさじ加減」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?

これは「薬の効果や副作用は人によって異なるので、投与量を微妙に調節する必要がある」ということのたとえです。

では、何故、同じ量の薬を飲んでいるのに、効く人と効かない人がいたり、副作用が出る人と出ない人が居るのでしょうか?

今日はこの点について考えてみたいと思います。

 お酒に強い人と弱い人

最も解りやすい例として、お酒をいくら飲んでも酔わない人がいる一方で、ビールをコップ一杯で酔ってしまう人が居る理由を考えてみましょう。

お酒、つまりはアルコール(正確にはエタノール)を飲むと、胃や腸から吸収されて、まず肝臓に運ばれます。

肝臓は解毒工場ですので、運ばれてきたエタノールを分解して、アセトアルデヒド(CH3CHO)という化合物に変えます。この時、実際にエタノールをアセトアルデヒドに変えているのがアルコール脱水素酵素(ADH1B)と呼ばれる酵素です。(この様に、酵素によって化合物が分解されることを『代謝(metabolism)』と言います。)

そして、分解されたアセトアルデヒドは一旦、血液に混ざって身体中を巡るのですが、このアセトアルデヒドが二日酔いや吐き気をもよおす元凶になっているのです。

アセトアルデヒドはさらに、肝臓に戻ってきてアルデヒド脱水素酵素(ALDH2)と言う酵素で酢酸(CH3COOH)、つまり、お酢に分解されます。お酢は身体にとって栄養素ですので、筋肉や脂肪組織で使われて、水と二酸化炭素になって、おしっこと呼気から体外に排泄されます。

https://www.herseries.co.jp/html/page28.htmlより

 個体差とは

お酒に強いか弱いかは、アセトアルデヒドが分解されて酢酸になるときに働くアルデヒド脱水素酵素(ALDH2)の働きが強いか弱いかによって決まります。

お酒に弱い人は、このALDH2の働きが弱いため、アセトアルデヒドがいつまでも血液の中に残ってしまい、頭痛や吐き気をもよおしてしまいます。

一方、お酒に強い人は、このALDH2の働きが強いため、アセトアルデヒドが即座に酢酸に代謝され、頭痛や吐き気をもよおすことがないのです。

そして、このALDH2の強さは親から子へ遺伝するため、下戸の一家はみんなお酒に弱い・・・と言うことになってしまいます。

この様に、ある酵素働き(ひいては、その酵素の遺伝子の働き)が人によって違っていることを「個体差interindividual difference)」と呼びます。

豆知識: お酒の強い人を「上戸(じょうご)」と呼び、弱い人を「下戸(げこ)」と呼びますが、この呼び名の起源は古く、奈良時代までさかのぼります。この時代に始まった律令制により、それぞれの家は「四等戸」と呼ばれる「大戸」、「上戸」、「中戸」、「下戸」の4階級に分けられました。「戸」というのは、課税の単位で家族の人数や財産状況によって「四等戸」が決められ、「下戸」は最下級でした。
この階級分けにより、婚礼のときに出せる酒の量まで階級に応じて決められていて、上戸は8瓶まで許されましたが、下戸は2瓶までと制限されました。下戸の酒の量が2瓶と少ないことから転じて、酒が飲めない人を「下戸(げこ)」と呼ぶようになったといわれています。

 人種差

日本人を含むモンゴロイドはお酒に弱いことが知られています。その理由は、ALDH2の働きが人種的に弱いからです。

はるか昔、人類が黒人、白人、黄色人種という三大人種に分かれた後、なぜか黄色人種の一派であるモンゴロイドの中に、突然変異的にALDH2の活性を無くしてしまった人が出現してきました。

そして、時の流れとともにモンゴロイド系にはお酒の弱いALDH2不活性が増えていき、現在では、モンゴロイドでのALDH2不活性型が約50%に達していて、モンゴロイドのひとつの特徴となっています。

ウイキペディアより

上↑の遺伝的近縁図で解りますように、人類(ホモサピエンス)の発生はアフリカのネグロイドに端を発しています。

その次に発生してきたのが、アフリカ大陸の北に位置する欧州のコーカソイドです。そして更に南半球のオーストラロイド(いわゆるアボリジニ)とアメリカ大陸のアメリンド(いわゆる、エスキモーとインディアン)そして、最後に東アジアのモンゴロイドが出てきました。

つまり、人類発生学的には日本人を含むモンゴロイドが最も新種の人類であり、それだけに、アフリカ人や欧米の白人(コケージアン)とは遺伝学的にかなり違っているのです。

 黒人や白人に下戸は殆どいない

遺伝学的に新種のモンゴリアンにはALDH2の遺伝子に変異が起き、お酒に弱い人が沢山出てきました。しかし、それ以前の人種のネグロイド(黒人)やコーカソイド(白人)には、ALDH2遺伝子に全く変異が見られません。

黒人や白人(特にロシア人)がたくさんお酒を飲めるのは、日本人よりも体格が大きいからだけではなく、ALDH2という酵素のはたらきの違いによることが、科学的に解明されています。

以上の様に、酵素だけでなく、様々な遺伝子素因には人種による差違が存在していて、逆に、遺伝子素因の差違を調べれば人種が解る様になってきました。この様な、人種間の遺伝子素因の違いを「人種差ethnic difference)」と言います。

 薬に関する人種差

アルコールの話が長くなりましたが、アルコールもその昔はクスリでしたので、上述の様なアルコール代謝で見られた固体差や人種差は、医療の場で使われている医薬品についてもあてはまります。

 薬物代謝酵素

アルコールに代表される薬物は、人体にとっては異物です。その様な異物は肝臓で分解されるのですが、その時に働くのが薬物代謝酵素drug-metabolizing enzymes)です。

「薬物」という名前が付いていますが、酵素の立場からは薬物であろうがなかろうが、外来物を標的として「代謝」、即ち、分解を行なっています。

特に薬物と関連の深い代謝酵素の一団をチトクロームP450(cytochrome P450)と呼びます。この一団は略してCYP(シップ)と称されています。

このCYPは酵素ですから、アミノ酸が沢山連なったタンパク質です。体内にあるタンパク質ですから、それを作り出している遺伝子(DNA)があります。遺伝子のDNAは4つの塩基、T(チミン)、C(シトシン)、G(グアニン)、A(アデニン)の並び順で、タンパク質の情報を記憶しています。

ところが、このDNAでの4つの塩基の並び順の内のひとつ、あるいは複数の塩基が突然変異で入れ替わってしまう(例:GCCCGCCTC⇒GCCCACCTC)と、出来上がってくるタンパク質に微妙な変化が生じてきて、それによって、タンパク質の働きにも微妙な変化が出てきます。

この突然変異が個人あるいは家族レベルで現れるのが「個体差」であり、日本人などの人種に共通して現れるのが「人種差」となります。

そして、この突然変異が薬物代謝酵素に発現すると、酵素の作用が強くなったり弱くなったりします。酵素の働きが強まると、薬物が変異のない人より速く代謝されて消えていきますので、薬の効果が弱まってしまいます。逆に、酵素の働きが弱まってしまうと、薬物が変異のない人よりゆっくりと代謝されますので、薬物の血中濃度が上がってしまい、いつまでも血中に留まり、効果や副作用が強くなってしまいます。

この関係を図示すると、以下↓の様になり、薬物代謝酵素に突然変異が起こったPatient B(CCCACCTC)では、酵素の働きが弱まり、右下のような血中濃度パターンを示し、安全血中濃度範囲を大きく超えてしまいます。

一方、変異の起こっていないPatient A(GCCCGCCTC)では、酵素が正常に働いていますので、右上のような血中濃度パターンを示し、安全血中濃度範囲内に納まっています。

 薬物代謝酵素の人種差

例えば、代表的な抗がん剤であるタモキシフェンという薬剤は、CYP2D6という薬物代謝酵素で代謝されて、分解することが解っています。

しかし、このCYP2D6という薬物代謝酵素には人種差があり、突然変異を起こしている人の割合が人種によって大きく違っています。その変異の割合を示した図が↓です。

変異を起こしている人の割合が高いのは、アフリカの29%を筆頭に、中東の21%、欧州の7%~10%となっている一方、日本などの東アジアでは1%~2.5%と1/5から1/10になっています。

タモキシフェンを、アフリカ系の黒人や欧州の白人、中東のアラブ人に使う場合は、効果や副作用が増強される恐れがあるので、注意する必要があります。

この他にも、CYP3A4やCYP2C19など、大きな人種差が判明している代謝酵素が幾つもあります。

 薬物以外で気をつける人種差・個体差

アルコールや薬物以外で、人種差や固体差に気をつける必要があるのが「カフェイン」です。

コーヒーやチョコレートに含まれているカフェインは薬物として使用されていて、CYPの一種であるCYP1A2という代謝酵素で分解されます。

このCYP1A2も大きな人種差があることが解っていて、欧米の白人に変異が多く見つかっていて、カフェインの代謝が極めて遅くなっている人が多くいます。その人達に特徴的な症状が「カフェイン酔い」と言われるもので、コーヒーやコーラで酔っ払ってしまうのだそうです。

日本人では「カフェイン酔い」まで行く人は極めて稀ですが、コーヒーを飲むと「眠れなくなる」という人は結構います。

この様な人達は恐らく、CYP2A1の働きが少し弱いのかもしれませんので、カフェインの摂取量には気をつけた方が良いです。

参考までに、欧米で公表されているカフェインの1日摂取量の上限を以下↓に示します。

とりあえずコーヒーの目安量を示していますが、緑茶(特に玉露)や紅茶、そして、栄養ドリンクなどにもカフェインが多く含まれていますので、注意してください。

また、カフェインは胎盤を通過して、胎児にも影響しますので、妊婦さんや授乳婦さん(母乳中にも認められています)はカフェインの摂りすぎに注意してください。

一般の方も含めて、カフェインの摂取に気をつけたい方は、デカフェ商品もずいぶん出回ってきましたので、利用することをお勧めします。


以上の様に、薬効に対する個体差や人種差は代謝酵素を産生する遺伝子に起こった突然変異が原因でありこれらは親から子へ遺伝する、というお話しをしました。

デハデハ

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