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冠詞は重要な情報源

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皆さんこんにちはPartner of Medical Translatorsの津村です。

私の翻訳講座で、受講生の訳文を添削しているとき、最も多い指摘が「冠詞の訳し抜け」です。

日本語に冠詞というものがないせいか、ついつい冠詞を飛ばして翻訳する方が多いのですが、冠詞は翻訳の際の重要な情報源なのです。

 冠詞のない日本語

英語と比較した時の日本語の特徴として、冠詞が無いことと単数・複数が曖昧なことがまず挙げられます。

日本語の名詞(例えば本:book)はとても便利(?)で、原形のままで「抽象・具体、単数・複数、特定・不特定」の色々な意味に使う事が出来ます。ところが英語の場合、原形(無冠詞)でbookとすると抽象「本と言うもの」の意味しか持ちません。

このため、英語ではその名詞が使われる状況に応じて「抽象・具体、単数・複数、特定・不特定」の意味を表すために、冠詞や複数形が必要となるのです。参考までに、むかし学校で習ったものを思い出して、以下の様にまとめてみました。

不特定 特定
抽象 book the book
単数(具体) a book the book
複数(具体) books the books

「抽象(abstraction)」と言う概念を理解するにはbookではちょっと難しいかもしれません。私達は生活の中で具体的なbookを沢山見ていますので抽象的な無冠詞のbookと言ってもピンとこないのです。

そこで、平和(peace)や倫理(ethic)などを考えてみましょう。これらは意味自体が抽象的ですので、通常は無冠詞で表現されます。この様に「抽象(abstraction)」とは、形として捉えにくい概念と言えます。

話を戻しましょう。日本人は一般的に、冠詞は名詞にくっついている「おまけ」的なイメージを抱いていますが、冠詞は英文を構成する上で重要な役割を果たしています。そして、その冠詞は書き手(話し手)と読み手(聞き手)の関係から決まってくるのです。

原則としては以下の様になります。

 The drug とは

以上のことを踏まえて、次の英文のdrugをどう訳せば良いか考えてみてください。

  1. For over three decades, our ABC-magazine has been the definitive journal of drugs.
  2. ABC pharmaceutical wins approval as a drug to prevent heart disease.
  3. We designed a drug delivery system (DDS) that the careers release the drug mainly in the coronary artery.

まず1番の英文ですが、ABC-magazine社30年以上に渡ってある特定のdrugsだけを記事にしてきたとは考えにくく、様々の分野の様々な薬剤や化合物を取り上げているのが普通でしょう。

そう言った意味から、このdrugsは「薬」という一般的な広い意味(不特定複数)であり、送り手(雑誌社)も受け手(読者)も特定のものをイメージできないほど様々な・・・と言う状況です。これを踏まえると、例えば次のような和文に訳すと良いでしょう。

英文1⇒ 30年以上に渡って、我々ABC-magazine薬剤に関する最も信頼のおける雑誌となっている。

ここで注意が必要なのはdrugを「医薬品」と訳さないことです。

もちろんdrugには医薬品という意味もありますが、雑誌のトピックスとして取り上げる薬としては医薬品だけではなく、「麻薬」であったり、「開発中の未承認化合物」、「農薬」、「生薬」、「サプリメント」などであったりしますので、医薬品と限定してしまうのは適切ではないと言うことです。

この様に、一般的(不特定複数)な広い意味でのdrugsは「薬と言うもの、薬、くすり、クスリ」などと訳すことが可能です。

次に2番の英文を見てみましょう。

これはABCという化合物を医薬品として規制当局(日本の厚労省や米国のFDAなど)に承認申請をして、めでたく承認を受けた状況を表しています。

承認を受ければ、ABCという化合物は「ひとつの医薬品」として発売されることになります。この場合、英文の送り手(申請者)ABCという特定の化合物をイメージしていますが、受け手(読者)はまだ医薬品(商品)となったABCを見ておらずイメージできないと言う状況ですので、a drugと不特定単数としているのです。

一般的(不特定単数)な広い意味としてaを「ある、ひとつの、・・・(訳さない)」などと訳すことが可能です。これを考慮してこの文を訳すと次の様になるでしょう。

英文2⇒ ABCは心疾患を予防する(ひとつの)医薬品として承認された

さらに、この時の和訳上の注意点として、英文が現在形で書かれているので時制の一致ということで邦訳も現在形風に「~医薬品として承認される。」としますと、ニュアンスが英文と少しずれてくると言うことです。

英語の現在形は現在から近過去を指していますが、日本語の現在形は現在を含まない近未来(これを「未了」と言います)を指しているのです。つまり、「~医薬品として承認される。」と言いますと、日本語の意味は「現在はまだ承認されていないが近い将来に承認となる」と言う事を意味しています。「たった今承認の連絡を受けた」という現在の状況を日本語では「今承認されました」と過去形風(これを「完了」と言います)で表現しますので、翻訳の際には注意しましょう。

この説明で日本語の「○×風」という表現をしましたが、日本語には明確な時制というものがありません。日本語の時制についてはこちらを参照してください。

では、3番目の英文はどうでしょうか。この様な英文は承認申請の資料(CTDなど)によく出てくる表現です。

ご存じの様に、承認申請はある特定の化合物ないしは機器について行われますので、英文の送り手(申請者)は特定の化合物(あるいは機器)を指してthe drug(the device)と表現しています。そして、受け手(審査当局)も同一の化合物(あるいは機器)について審査をするわけですから、送り手と受け手はまさに同一のdrugをイメージできる状況にあるのです。これを考慮してこの文を訳すと次の様になるでしょう。

英文3⇒ 我々は、当該薬物を主に冠動脈に放出するキャリアーとしてある薬物送達システム(DDS)を考案した。

この表現は日本語の申請資料などで見られ、申請した化合物を「当該薬物、本薬物、本医薬品、この薬剤、この薬・・・」などと表現します。つまり、theは「当該、本、この」と言うように訳すことが出来ます。

同様に、a drug delivery systema 2番の英文で説明した様に、申請者にとっては既知のものですが、受け手(審査当局)にとっては初耳なので、「ある、ひとつの、…」を付けて訳します。

以上に示したようにthe drugと言うように定冠詞 the を名詞の前に付けると、読み手は具体的にどのものを指定しているかを知っているという前提になり、「本薬、当該薬物、この薬剤」などと訳します。

言い換えれば、theではなくaa drugや複数形 drugs 、無冠詞 drug が使われている時はどのものを指定しているか読み手が分からないときですから、「ある薬、ひとつの薬剤、医薬品というもの」などという訳になります。

翻訳の際には冠詞にも十分に気を配る必要があると認識してください。

 

 正しい訳語を探す

以上の冠詞の説明を読まれていて奇異に感じている方もいるのではないかと思いますが、drug(s)「薬物、薬剤、医薬品、薬、クスリ」と言うように様々な訳語を当てて説明しています。

私の翻訳クラスの受講生からよく、次の様な指摘を受けます。

当然、drugを医薬品と訳すことに問題はないのですが、世の中には英語の訳語は「辞書に載っているものから選ぶ」と思っている人が相当数いるのです。

確かに、私がつ使っている英和辞書でDrug(名詞)を調べてみても、

【名-1】麻薬、薬物、覚醒剤、ドラッグ

【名-2】薬

【名-3】〈俗〉良くないこと

などとあるだけで、『医薬品』という訳語は出てきません。

ここで、語学辞書の使い方についてすこし考えてみましょう。

 語学辞書の使い方

英和辞典や和英辞典、国語辞典などの語学の辞書は、その単語や語句の持っている代表的な意味を示す日本語(英語)の例を列挙して、その語句が示す意味上のニュアンスを読者に伝えているのです。

例えば、英単語のDrug(名詞)の持つニュアンスは、日本語の「薬、麻薬、薬物、覚醒剤、ドラッグ」などに相当する・・・ということを辞書は説明しているのです。

つまり、「薬、麻薬、薬物、覚醒剤、ドラッグ」などのニュアンスを持つその他の日本語としては、医薬品、大衆薬、薬剤、クスリ、治験薬、試薬、・・・などいくらでもあり、たとえ辞書には無くてもそれらは全てDrugの訳語として使用可能なのです。

さらに、辞書の使い方として重要なのが「用例」のチェックです。辞書では通常、代表的な訳語のあとに、その語句を使用した文や用例が並んでいます。辞書の良し悪しはこの用例の量と質で決まってくると考えて良いでしょう。

例えば、Drugの用例を辞書で見てみますと;

と言うように Drug=医薬品、薬剤、製剤、… などとしている用例もたくさん出てきます。これらも全て訳語として正しいのです。この様に、単語を調べる際には是非とも用例まで丁寧に読んでください。

辞書で単語を調べる場合には次の様に心がけて頂きたいと思います。

    辞書にある訳語から、その単語の持つニュアンスをくみ取る

    さらに、辞書に載っている用例を見て、その単語の使われ方を確認する。

    その上で、原文にフィットするニュアンスの訳語を考え出す

最後の「考え出す」ところでポイントで、翻訳の良し悪しはここで決まってくると言っても過言ではないのです。

豆知識: 薬物と薬剤の違いとは?

日ごろ何気なく使っていると思いますが、厳密に言いますと薬物と薬剤は意味が違っています。

まず「薬物」は、薬物動態、薬物反応、薬物中毒…と言うように使われまして、薬理作用を示す有効成分そのものを意味します。有効成分としてはある種の化合物である場合もありますし、生薬などなどから抽出した抽出物の場合もあります。

一方「薬剤」は、薬物を流通できる製品としたものです。つまり、有効成分に添加剤や賦形剤などを加えて錠剤や注射剤の形に成型したものを指します。例えば、経口剤の場合は薬剤を口から飲み込むと、消化管内で崩壊した薬剤から薬物(有効成分)が体内に吸収されて循環血に入り、その薬物が標的組織で薬理作用を発揮するのです。

ただし、薬物も薬剤も広い意味での「くすり」の意味で使われている場合もありますので、注意しましょう。

 

 冠詞の使い方

最後に、むかし学校で習った英文法を思い出しながら、「冠詞」についておさらいをしましょう。

冠詞とは、名詞の直前に置かれ、どのような名詞なのかを説明する語をいいます。冠詞には不定冠詞 ( a, an ) と、定冠詞 ( the ) があります。

 不定冠詞の使い方

不定冠詞の最初の用法は「ひとつの」です。

I want a piece of cake. (私はケーキが欲しい。)

ここの a は「1個、一切れ」と言う意味ですよね。

次の用法は、不特定の誰かあるいは何かを指す「ある~」ですが、日本語ではあえて訳さないことが多いです。

A man asks for you. ([ある]男の人があなたを訪ねてきている。)

この a は「誰か見知らぬ」と言う意味になります。

さらに「~につき、~ごとに」と言う用法もあります。これはよく見かける表現ですので、覚えておきましょう。

They go to the headquarters five times a year. 

(彼らは年に5回、本社に行きます)

会話で時々聞く用法として「~という人」があります。

We had a call from a Dr. White. 

(ホワイトという医師から電話がありました。)

 定冠詞の使い方

定冠詞theの用法としては、まず「既出の名詞を指す」場合で、すでに話題にあがっていて、書き手も読み手も何を指しているのかわかっている場合は the をつけて、「その(本、当該)」と訳します。

The book you bought to me is very interesting. 

(君が買ってくれたあの本はとても面白いよ。)

また、まだ話題にはあがっていないものの、状況でわかる場合は、初めて使用する場合でも the を付けます。

Please pass me the pepper. (胡椒を取ってくれますか)

レストランなどでテーブルに置いてある胡椒や塩を人に取ってもらう時などの表現ですね。

太陽や地球など、(必ず特定できる)1つしかないものには 常にthe をつけます。

特殊な使い方として、「~ people」というかわりに、「the ~」という場合があります。

 無冠詞の使い方

aもtheも付かない名詞の場合を以下に示します。これらは覚えてしまいましょう。

①    交通手段

He went to the airport by taxi. (彼は空港にタクシーで行った。)

交通手段を表す場合は必ず無冠詞です(by train, by walkなど)。

②    食事

 I have lunch at the canteen. (社員食堂で昼食を食べた。)

これをthe lunchとしますと、予定された昼食会という意味になります。

③    季節

I hate spring because of my hey fever. (花粉症なので春は嫌いだ。)

これをthe springとしますと、特定された年の春という意味になります。

④    建物や場所

建物や場所に冠詞が付くと付かないでは意味が違ってきます。

冠詞あり⇒ そこに行く

冠詞なし⇒ そこで何かをする

I go to the school. (私はその学校に行きます。)

受験のために学校の場所を確認しに行く…といった感じです。

I go to school. (私は学校に行きます。)

勉強するために登校すると言うことです。

以上、私たち日本人には馴染みの薄い冠詞ですが、英語では重要な情報源として使われていますので、翻訳の際にはその冠詞(情報)をちゃんと訳しましょう。

デハデハ

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