皆さんこんにちはPartner of Medical Translatorsの津村です。

私達の身体の細胞は日々成長しており、ある程度の大きさになると細胞分裂をします。その一方で、歳を取った細胞は自ら死んでいきます(これをアポトーシス:apoptosisと言います)。

例えば・・・

  • 正常な体細胞は数日~10日に1回の割合で分裂します。
  • 皮膚の細胞は約30日程度で入れ替わります。
  • 赤血球の寿命は4ヶ月程度と言われています。(ただし、成熟した赤血球は分裂しません)
  • 手術で切開した皮膚はおよそ1週間でくっつきます。
  • 傷害を受けた肝臓細胞は約3週間で回復します。
  • 活動期のがん細胞は12時間~36時間に1回分裂しています。

しかし、脳のニューロン(神経細胞)や心筋(心臓の筋肉)は一生涯分裂しません。

 脳のニューロンは1日10万個壊れている

脳の神経細胞をニューロン(neuron)と言いますが、このニューロンは妊娠9ヶ月ごろの胎児で急激に分裂して数を増やしますが、新生児として誕生するころには分裂が止まっています。

そして、20歳を越えた頃から、1日あたり10万個のニューロンが死滅していると言われています。

つまり、ニューロンの数はオギャーと生まれたときが一番多く、その後は歳を重ねると共に減っていきます。

こう言いますと、60歳を越えたあたりで脳細胞が半減しているのでは・・・と思われるかもしれませんが、安心してください。

ニューロンは150億個ほどあると言われていて、人間の理論上の寿命限界である130歳になってもまだ、100億個程度は残っていますので、心配ご無用です。

この様に、脳細胞であるニューロンは細胞分裂をしませんが、ひとつのニュ-ロンは最大20本の神経繊維を伸ばし、20個の別のニューロンと結合します。一方で、ひとつのニューロンは数百~千個の別ニューロンからの刺激、即ち、神経繊維を受け入れています。

私達が歳と共に知識を蓄え、思考能力が高まっていく理由は、ニューロン同士の結合によるネットワークが広がっていくからです。

 ニューロンはがん化しない!

がん細胞は、正常細胞に突然変異が起こり、無秩序に分裂・増殖するようになった細胞です。

しかし、分裂・増殖の能力を持たないニューロンはがん化することがありません。

ひとつのニューロンの模式図

とは言うものの、脳腫瘍の発生率は年間で10万人あたりに3.6人と言われており、消化器がん等に比べると発生率は低いですが、脳に腫瘍が出来ることにはまちがいなさそうです。

実は、脳でがん化している細胞はニューロンではなく、グリア細胞(glia cell)なのです。グリア細胞は、ニューロンを保護し、維持し、栄養を与えている細胞で、ニューロンの10倍ほどあると言われています。

このグリア細胞は神経細胞ではなく、通常の細胞ですので、細胞分裂の能力を持っていて、実際に分裂していますので、がん化することがあります。

豆知識: 脳腫瘍の大半は、がんではなく、良性の腫瘍(benign tumor)なのです。しかし、脳は頭蓋骨に囲まれていますので、限られた容積の中で腫瘍(コブ)が大きくなっていくことになります。その結果、頭蓋内の圧力が高まり、脳組織にダメージが生じてしまい、身体の機能障害や死の危険のリスクが高まります。

 がん化しないが、再生もしないニューロン

肥大化した脳腫瘍を取り除くために、外科手術をするのですが、その際にどうしてもニューロンが傷つきます。しかし、ニューロンは細胞分裂をしないので、これらの傷ついたニューロンを修復することが出来ず、下手をすると、障害が起こってしまいます。

同様に、脳梗塞や脳出血で脳組織に傷害が生じてニューロンが破壊されても、それが修復されることはありません。

また、あるニューロンが破壊されると、そのニューロンとネットワークを組んでいた関連するニューロンも時間と共に徐々に死滅していくことが最近の研究で明らかになりました。

この様なニューロンネットワークの劣化を防ぐためにも、リハビリが必要になるのです。

 増えないはずのニューロンの分裂に成功!

ニューロンが細胞分裂しないことは知られていることですが、何故、細胞分裂しないのかというメカニズムについては長いこと不明とされていました。

2017年の9月に、東京医科歯科大学の研究チームは、ニューロンにも分裂する能力があるのだが、同時に、それにブレーキを掛けているメカニズムがあることを発見しました。

そしてさらに、そのブレーキを掛けているメカニズムを解除する低分子化合物カンプトテシンを発見したのです。

傷害部位のニューロンが徐々に脱落していく動物モデルに、このカンプトテシンを投与したところ、ニューロンが分裂を始めたのだそうです。

この一連の発見は、脳の再生という長年の課題のブレークスルーになる可能性を秘めていると言えるでしょう。

 実用化に立ち塞がる壁

この発見もしかし、実用化までには多くの課題をクリアーしなければなりません。

その第一は、ニューロンが物理的に増えたとしても、損傷を受けたニューロン・ネットワークが再生するわけではないということです。

実際にニューロンが細胞分裂して、新しい娘ニューロンが誕生したとしても、その娘ニューロンは生まれたての赤子のニューロンと同じで、まだネットワークを全く形成していない細胞です。

ニューロンの数が増えたことを、失われたニューロン・ネットワークの再生にどの様に結びつけていくかが問われることになります。

第二に、既にネットワークの一員となっているニューロンを分裂させると、ネットワークに影響が出る危険性があります。

人間の体細胞の分裂は「対称分裂」と言って、1個の親細胞から全く同じ機能を持った2個の娘細胞が出来る仕組みです。

この時、既にネットワークの一員となっている親ニューロンのネットワークをどちらの娘ニューロンが引き継ぐのか、あるいは、引き継げないのかはまだ解明されていません。下手をすると、細胞分裂によってネットワークが破壊されてしまうかもしれません。

第三に、脳内のニューロンを一斉に分裂させてしまうと、一挙に増えた神経細胞によって脳の体積が増えてしまい、脳腫瘍と同じ様に、頭蓋内圧が上昇して脳組織に損傷をあたえる危険性があります。

以上の様に、分裂しないと信じられていた脳のニューロンにも分裂能が存在し、それにブレーキを掛けている状態であることが判明しました。

実は、心筋も同じで、分裂しないと信じられていたのですが、どうも、心筋にも分裂能が存在し、それにブレーキを掛けている状態であるらしいことが解ってきています。

この様に、最近の医学界の情報や知識は日々変化しています。我々メディカル翻訳者も自分の知識や情報を常にUp dateしておく努力が必要でしょう。

デハデハ