こんにちはPartner of Medical Translatorsの津村です。
今日も一日、メディカル(医薬)翻訳講座で受講生から提出された課題をしくしくと添削していました。
そんな中に、受講生から『「日本の学会での発表原稿を、国際学会用に英訳してくれ」との依頼で和文英訳をしているのですが、発表の締めくくりとして「・・・と言えるのではないであろうか」という表現が出てきて、どうにも訳せなくて・・・』という質問がありました。
この質問は実は、日⇔英翻訳の本質的な問題に係わることなので、今日はこれを掘り下げてみたいと思います。
もくじ
🎯 翻訳とは文化を訳すこと
翻訳とは、ある文化と共に発展してきた言語(例えば日本語)を、別の文化とと共に発展してきた言語(例えば英語)で表現することであって、文章上の日本語文字を英語文字に置き換えているのではありません。
簡単な例で説明しましょう。日本の文化(習慣)では、外出先から帰宅して、自宅の玄関を開けた時には「ただいま~」と言いますよね。
もし、文字を訳すだけならば「ただいま」は英語で”Just now”で良いはずです。しかし、英語圏の人達は”Just now”と聞いて、「ああ、誰かが帰ってきた」とは思いません。文化が違うからです。
では、こういう状況を英語でどう表現するかと言うと ”I’m home” となります。
つまり、翻訳とは、日本ではどう言う時に「ただいま~」という文化なのかを理解して、今度は、同じ状況の時に英語圏の文化の人達が思い浮かべる文字(言葉)で表現する(つまり、I’m home)という作業をしている訳です。
😰 断定を避ける日本語
先日、電車の中で、近くにいたJK達のお菓子をつまみながらの会話がふと耳に入ってきました。それは・・・
噛み心地はたぶん~、
グミとかみたいな~、
感じに近いかな~
いったいどっちやねん! と思ってしましました。
そして、さらに、これを聞いていた仲間のJKの答えが・・・
ん~、そうかもしれないね~
これまた どっちやねん! ですよねぇ。
しかし、これが、日本のスタイルなのです。自分では確信していること(グミと同じだ!)であっても、 断定を避けて曖昧に表現し、聞き手に察してもらう というコミュニケーションの方法が日本の文化なのです。(これをハイコンテクスト文化というのだそうです)
このため、日本人が書いた英語や学会での発表では、断定を避けるmaybeとかI thinkとかが飛び交うのです。例えば、学会での外人と日本人の会話・・・
外人:Let’s attend the party thrown by the Academy, tomorrow! (明日の学会主催のパーティに出席しようよ!)
日本人:Yeah, maybe I think I can.
英語文化では、maybeとかI thinkとかは確信の薄い、根拠に乏しい時の言葉なので、この答えを聞いた外人は「煮え切らない返事だなぁ。こいつ、出席する気がないな」と判断されてしまいます。
しかし、当の日本人は出る気満々なのですが、断定を避けてしまった結果の発言だったのです。なんと奥ゆかしいことか!
😒 断言する英語
英語の特徴は、
- 結論が先、説明はあと、
- 多少あやふやでも自信を持って断言する、
- Simple is best です。
国際学会などでの外国人(英語圏)の発表を聞いていますと、まずは冒頭に「オレはこんなすごいことを発見(発明)した!!!」とぶち上げます。それを聞くと、さすがに、なんだなんだ~と注目してしまいます。
ところが最後まで聴くと、大抵は、「なぁ~んだ、そんなことならとっくに解っているぜぃ」となります。いわゆる竜頭蛇尾というやつですね。しかし、聴衆は口演が終わるまで殆ど席を立つ人はいません。いわゆる断言する文化の形態に慣れているからです。(これをローコンテクスト文化というのだそうです)
ところが、日本人の発表になると、まだ口演が終わっていないのに、聴衆がゾロゾロと席をたって出て行きます。
何故かというと、発表者はまず、自分達の研究のlimitationから話しだし、他の類似の研究の成果を述べ・・・と、ぐだぐだと説明や言い訳を述べ、何時まで経っても「オレのすごさ」を言わないからです。
これは日本の文化の形態で、まず、言い訳を並べて逃げ道を確保しておき、さらに、肝心の結論は断定を避けて、聴衆に察してもらおうとするからです。このハイコンテクストなやり方は英語圏の文化には通用しません。
その極みが今日のタイトルの「・・・と言えるのではないであろうか」なのです。
✨ 和文英訳のポイント
曖昧を好み、断定を避ける日本語を、断言を好み、曖昧を許さない英語に翻訳するためには、一工夫、いや二工夫、三工夫が必要となります。
日本文をそのままの語順で英訳してもダメです。それは単に、英語で書いた日本文にすぎません。この様な英訳文がどれほど世にあふれていることか・・・
日本語と英語の特徴を表にまとめてみました。
特性 | 日本文 | 英 文 |
語順 | 説明/言い訳⇒ 主張 | 主張⇒ 説明/言い訳 |
評価 | 1回読んだだけではよく解らない様な文章の評価が高い | 単純明快、Simple is bestな文章が評価される |
トピック | 一文の中に複数のトピックが入ってくる | 原則、1トピック1文 |
段落 | 気分で段落を切る | 話題が変わるときに段落を切る |
表現 | 大概の場合、読者に推察を求める | 読者の推察が必要ない様に単純明快に書く |
語句 | 文章中では同じ語句を繰り返し使う(代名詞なし) | 同じ語句の繰り返しを避ける⇒ 言い換え、代名詞 |
この様に、日本文と英文の文化はほぼ反対と言えるでしょう。
私達が作っているのはビジネス文書なので、英文和訳の場合は、日本文であっても単純明快で一意な文章、結論が先、説明があとという英文形式の表現が好まれます。ですので、英文をその語順のまま和訳してある程度は受け入れられます。
しかし、和文原文の場合は、ビジネス文書であっても、まだまだ日本的表現が主流です。特にお役所の文章は、一文で10行、20行というのがざらですので、これをそのまま英訳しても、英語文化に受け入れてもらうことはできません。
と言うことで、今日のタイトルの「・・・と言えるのではないであろうか」をどう英訳するかという点に戻りましょう。すごい遠回り・・・
「・・・と言えるのではないであろうか」という表現は断定を避けた典型的な日本風の表現です。ですので、この筆者(発表者)の真意を探る必要があります。
筆者(発表者)の真意は、「オレらの研究結果は確かなもので、・・・と結論付けられることを確信している」と言うことですよね。
こういう時の英語の決まり文句は・・・
I/We can conclude that・・・
I/We must say・・・
あたりとなります。
間違っても I maybe conclude・・・とか、 I think it can be concluded・・・(殆ど自信がないことを告白している表現)などとしないように気をつけましょう。こう表現すると、それまでに述べた研究結果がとたんに信用をなくします。
日本語と英語の特徴を正しく理解すれば、和文英訳はそれほど難しいものではありません。
デハデハ